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【イレギュラーである、彼の名前は?】

 理由がわからない。

 原因がわからない。

 敵もわからない。

 調べても、結局何もわからなかった。ないないづくしで頭を抱えたくなる。

 というか、抱えていた。

 授業の合間の休み時間。教室でのことだ。


「あああ」


 なんというか、活路が見いだせない。むしろ、これまでより悪くなっている気さえする。

 ループが始まってから今日まで、起こるイベントはだいたい同じだった。

 冒険者の仮免許を取得するための試験がある。

 合格する。

『寮対抗魔法合戦』が開催される。

 その日はバケツをひっくり返したような土砂降りとなって、屋内競技の一部だけが行われる。

 その日の夕刻。プレアと私は殺される。この繰り返しだ。

 もちろん、変えられないわけではない。私が違う行動をすれば、世界の流れはそれに合わせて変化する。だが、せいぜいそのくらいだ。起こるイベントがまったく別のものになる、なんてことはこれまでなかった。

 その前提が、覆されている。今回は何かがおかしい。

 私を狙っているとしか思えない鉢植えの落下。続けて、図書館の周辺で火災が起きた。

 カレッジの査察部の調べでは、火元は図書館の外の廊下だ。その場所に可燃物はなく、魔法か何かを用いての放火の可能性があるとのこと。消火活動が早かったため、焼失した本はほぼなく大事には至らなかったが、それでも貴重な蔵書の一部が燃えた。学園長はおかんむりである。

 残念ながら怪しい人物を見たとの目撃情報はない。犯人の特定はおろか目星すらついていない。

 むしろ、図書館に一人でいた私に嫌疑がかけられて、無実だと証明するのに骨が折れた。

 まあ、それはついでの話だとして。

 タイミングがおかしすぎるんだよね。

 もし、この火災騒ぎも私を狙ったものだとしたら――?

 これまで、敵は六月に現れる異形の魔物のみだと思ってきた。この前提が覆されてしまう。

 狙われているのはプレアではなく私で、私の命を狙っている輩は、今もこのカレッジの中にいる。――のかもしれない。

 身震いをして辺りを見渡す。誰もこちらを見てはいなかった。

 いや、違う。一人だけこっちを見ていた。


「エド」


 私はその一人に声をかける。


「なんだよ」


 立ち上がって彼の席まで行く。

 このクラスには三十人くらいの生徒がいる。私とエドとプレアはみんな同じクラスだ。


「あまり大きな声では言えないんだけどさ。私のことを嫌っている人に心当たりはない?」


 エドは驚いたように目をみはって、考え込むみたいに床を見つめて、次第に眉を八文字にして、困った顔になる。え? 私なんか変なこと言ったかな。身近に敵がいるとしたら、早めにあぶりだしておきたかっただけなんだけど。


「レイチェルを嫌っていそうな人間には、わりといっぱい心当たりがあるんだが」


 羞恥から、顔に血液が集中していくのがわかった。たぶん、顔が真っ赤なんだろうな。


「そうじゃなくて! ……ごめん、迂闊だったわ。私の聞き方が悪かったね」


 私は社交的なほうじゃないし、学業成績はいまひとつだし、この間のように失敗してしまうことが多々ある。そのせいで、多くの人に疎まれているのは事実だ。


「そういうのは、わかっているんだ。私が決して、好かれていないってことは」


 それはわかっているんだ。でも、そうじゃないんだ。


「そういうのじゃなくて、私のことを殺したいと思っているとか、憎んでいる相手がいないか、探してほしいんだ。そ――」


 話している途中でエドに口を塞がれた。


「いい加減にしろ。穏やかじゃねえな。……あんまりこういう言い方はしたくねえが、確かにお前はあまりみんなに好かれていない。理由はいろいろあるんだろう。成績のことかもしれないし」

「う」

「性格のことかもしれないし」

「ううっ」

「それと同時に嫉妬だってあるだろう」

「嫉妬?」

「そう。お前の家は、侯爵家だろ?」


 爵位はあまり高くないが、私の家であるサリス家は確かに侯爵家だ。


「それに、学業成績はいまいちでも、魔法の実技ではお前は優れた才覚を示す」


 うぬぼれるつもりはないが、確かに実技には自信がある。魔法では誰にも負けるつもりはないし、それが私にとってのアイデンティティだ。

 その学業との対比でどうしても見えてしまうアンバランスさを、揶揄されているのもまた確かなのだが。


「お前が嫌われているのは、そういったやっかみもあってのことだと言っているんだよ」

「そう、かもしれないけれど」

「みんなに好かれている人なんていない」


 それはそうだ。でも、私はほぼ全員に嫌われている。


「私のことを、好きになってくれる人はいない。こんな風に考えて、卑屈になっているんだろう?」

「でも、事実じゃない?」

「レイチェルは気付いていないだけなんだよ。ちゃんと、お前のことを好きでいてくれる人はいる。自己肯定感を高く持て。自分を大切に扱って、自分が価値のある人なんだと日頃から認識するのが大事なんだぞ」

「でも」


 私を好きになってくれる人なんて。


「いる。ここに」


 エドが自分を指差しながら言った。


「え?」


 呆けていると、背中をばしっと叩かれる。振り返ると、肩越しにプレアの顔が見えた。


「そうだよ。私も、レイチェルのことが好きだしね。嫌われるのにもね、好かれるのにもね、いろいろ理由があるんだよ。嫌われる理由を探して、自分を変えていくのも確かに大事だけれど、自分を大切に思ってくれている人の声にも、耳を傾けてみてほしいな。困っているときはお互い様でしょ?」

「プレア……」


 プレアの、私を慮る言葉。きっと彼女は、本当に私のことを想ってくれているんだろう。胸が熱くなる。

 いつから私たちの話を聞いていたんだろうと、少し恥ずかしくなってはしまうが。


「そうだね。もっと自分を大切にしようと思うよ。プレアはともかくとして、エドに教えられるとは思ってなかったけど」

「なんでだよ!」


 エドが憤ると、プレアが笑った。いつも通りの、私たちだった。


「それはそれとして、もしレイチェルに危害を加えようとしているような輩がいるとしたら、俺がそいつの性根を叩き直してやる!」

「ふふ、ありがと。頼りにしているよ」

「仮免許試験も、私たちで組むでしょ?」


 プレアの問いに、「もちろんだ」とエドが胸を張った。


「もう、そんなに日数がないしね。レイチェルも異論はないでしょ?」

「うん、もちろんだよ」


 冒険者としての仮免許を取得する試験は、同学年の中からメンバーを探して、四人一組でチームを編成しなくてはいけない。このチームで、ダンジョンの踏破を目指すことになるのだ。

 私は、プレアとエドとこのクラスの男子一名を加えて四人でいつもチャレンジしている。今回も同じ流れになるだろう。

 そう思っていた。ところが――。


「それで、四人目はどうする?」

「ちゃんと探してあるぜ」


 プレアの声に、エドが胸を張る。

 彼の口から続けて出てきた名前に、私は目を見開いた。


「……え? なんで?」

「なんでって……どういうこと? なんか不服だった」

「あ、いや……。なんでもない」


 どうして、今回に限って違う名前が出てくるの? 隣のクラスの男子だと紹介された四人目の名前は、これまで私が一度も聞いたことがない名前だった。

 なぜだろう。きっと彼のことだと、ごく自然にそう思えた。


   * * *


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