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【図書館にて(2)】

 一体全体何がどうしてこんなことに? 開かない扉は諦めて、私は窓のほうへと足を向ける。しかし、こちらも魔法の鍵でもかかっているのか開かない。

 どうしようどうしようと気持ちばかりが焦る。窓の外に赤い炎のゆらめきが見えた。どんどん煙が立ち込めてくる。酸素を求めて息をすれば、煙が喉をひりつかせて沁みた目から涙が溢れてきた。


「誰かいませんかー」


 とりあえず叫んでみるが返事はない。

 煙を多量に吸ってしまったことで、意識が朦朧としてきて体に力が入らない。

 ああ……私ここで死ぬのかな。でも、それでいいのかもしれない。

 諦めが心を支配したそのとき、ドンッと一際大きな破砕音がして、図書館中のガラスが一斉に割れた。


「きゃあッ」


 砕けた破片とともに飛び込んできた人影があった。


「え?」


 床に着地した人影は、私の目の前でゆっくりと立ち上がる。


「君は……」


 それは、今日鉢の落下から私を守ってくれたあの男子生徒だった。彼は私に向かって手を差し出してくる。


「大丈夫?」


 その手を取ってよいものか一瞬迷ったが、おそるおそる手を取った。ぐいっと引っ張られて立ち上がる。


「な、何が起こっているの? なんで図書館の外が燃えているの?」

「わからない。けど、そんなことを議論している暇はないよ」


 彼は私の膝の裏に手を差し入れると、ひょいっと私を担ぎあげる。


「ちょ、ちょっと!」


 非難の声を上げているうちに、お姫様抱っこの体勢で持ち上げられた。私の問いに答えることなく、彼は割れた図書館の窓から身を躍らせた。

「きゃあああッ」と私は悲鳴を上げた。漆黒の空が見えて、真っ逆さまに落下していくみたいな嫌な感覚があって。


「ここ三階!」


 恐怖で内臓が口から飛び出そうだ。ぎゅっと彼の服を握り締めて、落とされないようにしがみついた。

 そこでふわっとした浮遊感。落下速度が、少しゆっくりになっていた。


「落下制御の魔法?」

「そういうこと」


 わけがわからないままに、地面に着地した。衝撃はほとんどなかった。当たり前だけど。

「ケガはない?」という彼の質問に答える。


「うん。大丈夫だよ。でも、なんで私を助けたの?」

「なんで?」


 おかしな質問をするんだなあ、と言わんばかりの顔を彼がする。

 視界の隅に映ったカレッジの建物は、図書館があった三階からもうもうと煙が上がっている。窓から見える中の景色はオレンジ色だ。どこまでが燃えているんだろう。

 建物の周りに人だかりができている。「少し離れよう」と言った彼に手を引かれ、燃えている建物から離れた。

 火の勢いが次第に弱くなっているようにも見える。消火活動が始まったのだろう。良かった。


「なんで、という質問はおかしくない? 死にそうになっている人を見つけたら、手を差し伸べるのが人として当たり前の行動だと思うよ」


 年齢のわりに、達観した物言いだった。年下だと思っていたが違うのだろうか?

 ブロンドのさらさらとした頭髪。翡翠色の瞳。整った顔立ちをした少年だ。そこまでは別に珍しくないのだが――。気のせいだろうか。こうして改めて見ると、どこかで見た気がする顔だ。それがいつの記憶なのか、さっぱり思い出せないが……。


「うん。それはそうなんだけど……。あそこ三階だったし、私が逃げ遅れているのによく気付いたなあってそう思って」


 三階の窓から飛び込んでくるだけで、普通は驚くものだ。


「たまたま、建物の前を通りがかってね。そうしたら、図書館の窓に貼り付いた君の姿が見えたから」

「そう、だったんだ。ありがとう」


 反射的に頭を下げてから、私は窓に貼り付いたっけかな? と思う。動転していたのでよく覚えていない。


「ああ、そうさ。あのままだと君は死んでいたかもしれない。だから、助けた」


 宣言してから、彼がゆっくりと首をかしげる。


「そのわりには、嬉しそうじゃないね」

「そ、そんなことないよ。う、嬉しい」


 嬉しいと言いながら、実はそれほどでもない自分に気付いて愕然となる。

 死にたくない。そう思ったのは事実だ。だが同時に、ここで死んでもどうせループするだろう、という諦めがあったし、自分の命に価値なんてないから、という失望があった。

 それを見透かされている? いや、ありえない。私がループしている事実を、他の誰も知らないのだから。

 私がループしている事実を、一度だけプレアに話したことがある。彼女は半信半疑という反応を示した。そのときも、結局運命は変えられなかった。


「さて、僕は行かなくっちゃ。それじゃ」


 私に背を向ける彼を見て、慌てて声をかける。


「ね、ねえ。君はいったい誰なの?」


 どうして今回、急に現れたの。

 言えない質問は喉元で急停止した。

 振り向いた彼の瞳には、安堵の色が浮かんでいた。まるで私を死地から救い出せて良かったと言っているみたいに見えたのは、私の思い過ごしだろうか。


「僕は君の味方だよ」

「味方?」

「生きたいと強く願うんだ。命を粗末にしてはいけないよ」

「なに……それ?」


 煙に巻くような声を最後に、私と彼はそこで別れた。

 本当に、私の事情を知っているみたいだった。なんか、不思議な子だったな。

 消火活動が進むのと反比例するみたいに、建物の周辺のざわめきは増していた。


   * * *


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