【図書館にて(1)】
授業がすべて終わったあとで、私は西棟の一角にある図書館にこもっていた。
プレアが心配な気持ちはもちろんある。だが、べったりと彼女に付きまとっていた二周目でも、悲劇を回避することはできなかったし、悲劇が起きるのは、これまで一貫して一ヶ月後である六月だ。ただちにどうなるものではない。
第一、魔物が狙っているのは私である可能性が高い。となると、この段階で積極的にプレアの側にいる理由はなかった。
まずは、このループ現象が起きている理由について調べておくのが先決だろう。
「うーん」
遅い時間なので図書館の中には私しかいない。うろうろと歩き回って、役に立ちそうな書物を探していく。塔のように本を机の上に積み上げて、順番に読んでいった。
わかったこと。
時間を超越する魔法は存在しない。そういった魔法の存在を示す資料はいっさいなかった。
となると、私が今置かれている状況はなんなのか? 魔法の類でないとしたら、もっと生命の根源に関わる何かなのか。
さらに調べていくと、『ヨミガエリ』『不老不死』という文言が目に留まった。
死んだ人の魂が、なんらかの理由によって、現世に戻ってくることを『ヨミガエリ』。
肉体が重大な損傷を受けても、再生して復活することを『不老不死』と呼ぶらしい。
前者は、主に聖書の中にその言葉が出てくる。神を信心することによって、人の魂は輪廻転生するのだという宗教的な観点からきている言葉であって、実例があるわけではないようだ。
一方で後者には実例がある。
今から二十年ほど前のことだ、この島の東半分が、奈落の君によって支配されたことがある。
不死の魔物を統率するとされている邪神を崇拝していたとある貴族女性が、邪神の加護を得て不死の肉体を手に入れた。邪神を崇拝していた邪教徒らが、奈落の君を名乗った彼女の元に集い、そして、武装蜂起したのだ。
奈落の君の軍は、周辺の都市を次々と支配下においていく。これを鎮圧するため立ち上がったのがラテルナ王国だった。王国の軍と、奈落の君の軍が、首都であるエルストリンの郊外で衝突した。
王国軍が当初優勢だった。しかし、不死の力を持つ奈落の君だけはどうしても倒せない。
戦況は確実に王国軍が優勢だったのに、たった一人の奈落の君に中央を突破されて、ついに王都は陥落してしまう。
国王らはなんとか逃げ延びたものの、ラテルナ王国は存亡の窮地に立たされたのだ。
このとき、不死の肉体を持つ奈落の君を討ったのが、四人の勇者だった。
四人の勇者は、奈落の君がいる王城の最深部まで踏み入った。勇者のうちの二人が奈落の君の攻撃を防ぐ盾となり、太陽神を信仰している神官が、自らの肉体に神を降ろして奈落の君の体力と魔力を阻害し、その間に四人目が止めを刺したと言われている。
どうやって討伐したのか、詳細は伝わっていない。それどころか、四人の勇者の名前すらも。
こうして、世界に再び平和がおとずれた。もう、二十年も前の話だ。自分が生まれる前の話なので、当時のことはまったく知らない。
このラテルナ王国は、太陽神こと光精ルナが守護する国だ。初代国王が太陽神の加護を得たため、以降ずっと太陽神の信徒が国民の中にも多い。
魔物の正体がなんであるのかを突き止めたくて、続けて別の書物を読み漁る。
……しかし、黒い異形の魔物としかわかっていないので (死の間際の記憶はひどいノイズまじりだ。曖昧な像しか浮かばないのだ)、該当する情報には行き着けなかった。
「ふう」
天井を振り仰いだ。
結局、何もわからないのか。今回もダメなのだろうかと、ふて寝したい気分になる。
こうして運命の輪を突破する方法を探しているが、私は自分の生に対してあまり執着がない。繰り返される出来事が、いつの間にか私の心を疲弊させているんだ。いっそ、このまま人生からドロップアウトできたら楽になるのに、とすら思ってしまうんだ。
ダメだダメだと首を振った。
今日、鉢植えが落下したと思われる窓のある場所まで、確認のために行ってみた。
結論から言うと、普通の窓だった。鉢植えを載せるスペースはなく(まあ、窓の縁に無理やり置けなくもないが)、鉢植えを置いてあった痕跡はなかった。人通りの多い場所で、時刻は昼休みだった。衆人環視のある中で、犯人はどうやって鉢植えを落としたのか?
鉢植えは、近くの教室にあった物だろうと調べはついた。だがそれだけだ。
意図的か。それともなんらかの事故で落としてしまい、怖くなって逃げだしたのか。何もわからないのだった。
忘れよう。
机の上に突っ伏して、瞼を閉じる。このまま、眠ってしまいたい。眠っているうちに、ループを脱してくれないものだろうか。他力本願での解決こそが、真に望ましい。
くだらないことを考えているうちに、意識が混濁してくる。そして――。
本当に眠ってしまったのだろう。
――ドンッ。
何かが破裂したような音がして、急激に意識が浮上してくる。そこで私は目覚めた。
なに? 今の音。
顔を上げるのと同時に、図書館の床がぐらりと揺れた。続けてしたのは、ガラスが割れるみたいな音。
なに? 何が起こっているの? と思っているうちに、焦げ臭い匂いと一緒に煙がどこかから漂ってくる。
何かがおかしい。私は立ち上がると、図書館の出口へ急いだ。しかし――。
「え? なんで?」
なぜか扉が開かないのだ。ガチャガチャとドアノブを回すがびくともしない。扉に全体重を預けて押してもみたのだが、まったく動かなかった。
扉の隙間から、白い煙が容赦なく侵入してくる。ここでようやく状況がはっきりと飲み込める。
外で火事が起きているんだと。