【覚悟】
身分を偽って、特待生としてカレッジに潜入した。
そうして、僕の活動は始まった。
* * *
この時代にきた時点で、僕の寿命はかなり削られてしまっていた。時空を移動したことによって、魔力も枯渇してしまっていた。確実に退魔の力を発動させるには、一ヶ月ほどの期間を、魔力の回復にあてる必要があった。
万が一にも退魔に失敗することは許されない。僕は慎重を期していた。
一ヶ月ほど母さんの様子を見て、魔力が十分に回復したころには、六月一日になっていた。
しかしこの日、悲劇が母さんを襲う。プレアが魔族によって惨殺されて、その現場を目の当たりにしたことで母さんの心が壊れてしまったのだ。
奈落の君の魂が完全に目覚めてしまったら、誰にも止められなくなる。世界が滅ぶのを、黙って見ているわけにはいかない。
――だから僕は、母さんを殺した。
背中から刃を突き立てて、胸までを貫き通す。鮮血に彩られた刃を引き抜いて、崩れ落ちてきた母さんの体を抱きしめた。
「……愛しているよ」
覚醒を止める手段は、これしかなかった。寿命と引き換えにしてまでやってきたというのに、何もできなかった。後悔に苛まれているうちに、僕の意識は途絶えた。意識が途切れるまでの間、自分の無力さ絶望して泣いていたように思う。
そして僕は目覚めた。
一ヶ月前まで、時間が巻き戻っていた。
どうして? と首をかしげた。
なにがなんだかわからなかったが、助かったと思った。これで、もう一度チャレンジできる。
幸いにも、母さんは死の間際の出来事を覚えていないようだった。
しかし、二度目の世界でも母さんを救うことはできなかった。
三度目の世界でも。
四度目の世界では、意を決して母さんに接触してみた。それでも運命は変えられなかった。通学路で、魔族に襲われているプレアと母さんを見て、矢も楯もたまらず駆け出した。
そうして、僕は何度も母さんを殺してきたのだ。
思えば四度目の世界では、母さんの周辺で不幸が起こりすぎていた。おそらくそれが、覚醒が早まった要因だった。
母さんの負の感情を緩やかに増幅させているのは継母の存在だ。
だが、決定打はそれじゃない。どう対策をしても殺されてしまうプレアの存在が大きかった。
心が強い絶望に打ちひしがれることによって、指輪の力で封じている奈落の君の魂が目覚めてしまうのだ。
なぜ、世界が繰り返されているかはわからない。
母さんの中にある、奈落の君の魂が持っている力なのかもしれない。母さんを殺したとき、僕が奈落の君に乗っ取られないのはなぜか。僕の中にも、かつて奈落の君の魂があったからか。あるいは、僕がこの時代の人間ではないからか。
どちらにしても、世界がループしているのに助けられている。
こうして何度も、チャンスをもらえているのだから。
とはいえこのままではジリ貧だ。いつまでこのループが続くかわからないのだから、いつまでも手をこまねいてはいられない。
それはわかっているのだが、魔力が十分に回復したころになると、いつも先手を打つかのように事が起こってしまう。最大の悲劇が母さんを襲う。
母さんの心が完全に壊れてしまう前に、退魔の力を使わなくてはならないのに、いつもあと少し間に合わないのだ。
あと二日。いや、あと一日猶予があれば……!
だからこそ、最後の世界に賭けていたんだ。
* * *
この、平穏な日々がずっと続けば良いと、思わず願いそうになってしまう。しかし、僕は当初の目的をまだ果たしていない。
すべてが終わった今、残している課題は、あとひとつだけなんだ。
待っていてくださいね。母さん。
* * *




