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【プレア・オルディス】

 授業が終わったあとは昼食だ。食堂で食事を済ませたあと、午後の授業まで少し時間があったので中庭に出た。中庭には大きな噴水があって、生徒たちの憩いの場となっているのだ。

 噴水の縁に腰掛けて、ぼんやりと水面を見ていた。


「はあ……」


 思わずため息が出る。また今日も失敗してしまった。授業の内容はループするたび同じなのに、違うところで失敗をしてしまう。

 集中力がないんだよね。あるいは、魔法使いにそもそも向いていないのか。

 再びため息が落ちそうになったとき、ふと背後に人の気配を感じた。

 振り向くと、私と同じ制服を着た女子生徒が立っていた。ポニーテールに結わえた赤毛と、快活そうな翡翠色の瞳が印象的だ。

 クラスメイトであると同時に、私の親友でもあるプレア・オルディスだ。

 社交的で、人々を引き付ける魅力のある女の子で、私にとって、数少ない友人のうちの一人。そして、六月の一日に、私と一緒にいつも殺されてしまう女の子だ。


「いつまでもくよくよしていちゃダメだよ? 誰にだって失敗はあるんだから」


 プレアは、私がカレッジに入学した頃からの知り合いだ。初対面のときからフレンドリーに接してくれて、それは今でも変わらない。プレアは、誰とでもすぐ仲良くなれるし、誰に対しても分け隔てなく接する。その要領の良さは私にはないもので、時々嫉妬してしまう。それでも、私はプレアのことが好きだ。


「そうだね。それはわかっているけど、さすがにミスをする回数が多すぎると自分でも思うよ。自分でも、もうちょっとどうにかしていかなくちゃいけないと思っているんだ」

「うーん。まあ、そうは言っても、私も人のことを言えるほどうまくやれているわけじゃないけどねー。でも、私としては、もっと気楽にやってほしいかな」

「気楽に、かあ……」

「そうそう。あんまり思いつめてもいいことないって」


 私の背中をぽんぽんと叩きながら、プレアが私の隣に座る。私と同じようにプレアも水面を見つめた。

 プレアの明るさにいつも助けられる。私が悩んでいるときや困っているときにも、いつも明るく励ましてくれるのだ。私はそんなプレアのことが大好きだし、尊敬しているし、感謝している。


「それに、レイチェルは実技は完璧なんだから、来月の試験もきっとうまくいくよ」

「だといいけど」


 この学校は五年制だ。一年生では基礎を徹底的に叩き込まれるが、二年生になると進路希望に応じてクラスが四つに分かれる。

 ひとつ目は、「紅」。剣術や体術を学ぶ戦闘訓練のクラス。

 ふたつ目は、「翠」。医師や薬師を目指す者や、科学研究に携わる者たちが所属するクラス。

 みっつ目は「橙」。その他の一般的教養を学ぶためのクラス。――なお、一般的教養と言っても幅広いが、このクラスの卒業生は文官や商人になるものが多く、社会生活にむしろ馴染みやすいスキルを学べる。

 よっつ目は「蒼」。通常魔法研究科と呼ばれるクラスだ。その名の通り魔法を専門的に学ぶクラスで、私はここに所属している。

 そして、二年生に進級して間もなく、冒険者になるための仮免許を取得する試験が行われる。

 これまで三度繰り返された世界で、私は一度もこの試験に落ちたことはない。そういう意味では、プレアが言う通りだ。


「おーい! プレア!」


 そのとき遠くから声をかけられて、呼ばれたプレアが顔を上げる。

 目の前にある校舎の入口から、エドが顔を出していた。

 エドリック・ブラックウッド。通称エド。本名が長いので、みんなエドとしか呼ばない。

 茶髪に、赤味がかった茶色の瞳。筋肉質ではあるが痩身で背が低く、お世辞にも強そうには見えない。しかし、見た目によらずなかなかの剣の使い手である。私たちのクラスの担任であるリアンダー先生の年の離れた弟だ。確か、十歳ほど年が離れているらしい。

 兄と違って、魔法はあまり得意ではないのだが、私たちと同じ「蒼」クラスに所属している男子生徒だ。


「お前今日日直じゃなかったか? それに、何か頼まれていたことがあるんじゃないのか? さっきから兄貴がずっと探してたぞ」

「あああっ!! 忘れてたぁあああ! 悪いけど、先に戻るね」

「うん。頑張って」


 プレアは立ち上がると、校舎に向かって駆けていった。彼女の背中を見送りながら、ふうっと大きく息を吐いて空を見上げた。今日はよく晴れていた。雲ひとつない青空が広がっている。それなのに、私の心の中は曇っている。

 この、繰り返しの一ヶ月はいつまで続くのか。脱する手段はあるのか。何もわからないのだ。

 何日の、何時くらいに私とプレアが死ぬのか。それはだいたいわかっている。

 だが、死の間際の記憶が消えてしまうため、肝心なことがわからない。

 私の死因は何なのか。

 なぜ、ループしてしまうのか。真相はすべて闇の中だ。

 おそらく、あの異形の魔物に殺されているのだが、それすらも確証はないのだ。

 まったくもって忌々しい。

 これまでの繰り返しの世界の中で、あの異形の魔物の正体はつかめていない。

 何者なのか。何が目的なのか。なぜ、私とプレアなのか。

 ループしているこの記憶まで消えてくれたら、何も知らずに無邪気にこの世界を楽しむこともできるだろうに、とありもしないことを考えてしまう。


「もう少し、ちゃんと調べてみる必要があるのかもしれないな」


 呟き私も立ち上がった。そろそろ、休み時間が終わる頃合いだ。

 中庭を横切って、校舎の中に今まさに入ろうとしたタイミングで、「危ない!」と大きな声をかけられる。


「えっ!?」


 視界の隅に、男子生徒の姿が見えた。金髪の――とここまで思ったところでその男子に真横から突き飛ばされる。

「ちょっと」と文句を言う間もなく、芝生の上に転がった。……痛い、と痛めたお尻をさすりながら顔を上げると同時に、ガシャッという激しい音がした。

 私の目の前で、大きな鉢植えが割れていた。

 私を突き飛ばした少年は、私と同じように尻もちをついていた。


「おい、大丈夫か?」


 服に付いた土を払いながら、その少年が立ち上がる。私に手を差し伸べてきた。

 色白で、整った目鼻立ちをしたあまり背が高くない少年だった。一年次の生徒だろうか? 見たことがない顔だ。


「ありがとう。私のことを助けてくれたんだよね?」


 鉢が落下している場所の真上を見て、状況を把握した。

 私がさっきまで立っていた場所に鉢が落ちていて、真上に東棟の三階の窓がある。窓は開いていた。鉢は、そこから落ちてきたのだ。

 事故なのか、故意なのか、それはわからないとしても。


「ああ。たまたま通りがかったら、鉢が落ちてくるのが見えたからさ。それで思わず」

「思わず?」

「あ、いや……なんでもない。突き飛ばしたりして悪かったな」

「それはいいよ。しょうがないことだから」

「とにかく、気をつけろよ。カレッジの中にだって、危険はひそんでいるのかもしれないんだからな」

「あ……うん」


 恥ずかしそうな顔をして彼はそっぽを向くと、あとは何も言わずに校舎の中に消えていった。

 なんか、変な子だったな。

 人を助けたあとで、『思わず』なんて表現するだろうか。それに、カレッジの中にも危険はひそんでいるだなんて――そりゃ実際あったけどさ――普通はそこまで警戒しないものでしょ。それをわざわざ言うなんて。

 まるで、私がループしていることを知っているみたい。なんてね。

 さて、と。午後の授業があるから私も行きますか。

 それにしても――わりとかっこいい子だったな。

 などと浮かれている場合じゃない。窓から鉢が落ちてくるなんてことがあるだろうか? なんらかの事故で落ちてきたなら、誰かが謝ってくるものじゃないのか?

 そう思って校舎の窓を見上げたのだが、こちらを見ている生徒は誰もいなかった。

 そうならないってことは、故意?

 寒くもないのに身震いがした。


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