【模倣】
牢獄を出たあとで、僕は談話室のひとつに通された。
そこで僕を待っていたのは、意外にもエドだった。「よう」と彼は軽い調子で手を上げて、「元気か?」と薄く笑った。
「あいにく、あまり元気じゃないね」
「だろうな」と彼の笑みが苦いものになる。
「エドが僕の無実を証明してくれたのかい?」
「いかにも。……なんだよ、意外だったか?」
心を読まれていた。顔に出てしまっていたのだろうか。
僕はエドの向かい側の席に座った。
「もちろん、エドを友だちだと思っていなかったとか、そういうことじゃないんだ。無実を証明するのは無理なんだと、半ば諦めていたからね」
「そうだな。実際、大変だったぞ。モンテ導師とお前が密会していたとされる時間帯に、お前が別の場所にいたことを証明できる目撃情報を、複数集めたんだ。いくつかの店でお前が買い物をしていた記録が見つかって、それらがアリバイとして認められたんだよ」
店で支払いをするとき、領収書に直筆でのサインを求められることがあった。どうやら、それが功を奏したらしい。
「よくそこまで調べてくれたなぁ。感謝するよ」
「おうよ。……もっとも、経歴詐称の件は普通にヤバいので、あとでちゃんと釈明しておいてくれ。そっちの責任は俺には取れん」
「わかった」
「それから、実のところ目撃情報を調べようと言い出したのは俺じゃない。レイチェルなんだ」
「レイチェルが?」
レイチェルがそこまでしてくれていたなんて。感極まってしまい視界がわずかに滲んだ。
「レイチェルに感謝するんだな。あいつがお前のためにそこまでする気持ちを思うと、正直俺も複雑だけど、レイチェルの頼みじゃ断れない。惚れた男の弱みってやつだ」
愉快そうに呵々とエドが笑った。
「それもそうだな」
なんとなく同意してから、遅れて違和感に気が付く。
「誰が誰に惚れているって……?」
「俺が、レイチェルにだよ。俺はずっと前から彼女のことが好きだし、その事実を隠しているつもりもない。鈍感なあいつならいざ知らず、お前まで気が付いていなかったとはな」
やれやれと言わんばかりに、エドが肩をすくめてみせた。
「そういうお前はどうなんだ?」
「……え?」
「え? じゃない。とぼけるなよ。お前だってレイチェルのことが好きなんだろ? さっき言った、俺が複雑に思ったというのは、そういう話だぞ。お前は親友であると同時に、俺にとっては恋敵になるんだからな」
「いや、僕は別に……」
どう、返事をするべきかわからなかった。レイチェルのことはもちろん好きだが、それは男女の愛ではない。そうであってはならないのだから。
しかしながら、制約があってこの話は語れない。
「まあ、それはどっちでもいいさ。で、どうするよ?」
「え? どうって……何がだい?」
「決まってるだろ」
エドが身を乗り出してきて、僕の目をじっと覗き込んだ。琥珀色の綺麗な瞳はまっすぐに僕を見つめていて、心の中をすべて見透かされているような気分になる。
「シェルドとモンテ導師が密会しているところが目撃されたとき、本物のシェルドはカレッジを休んでいた。どう考えてもおかしいだろう?」
「うん、それはわかっているよ。大方、見間違いでもしたのだろうさ。あるいは、誰かが虚偽の情報を流したか」
「目撃情報が、カレッジの生徒からしか出ていなかったら、確かにそれで正解だ。……だが、他ならぬモンテ導師本人が、『シェルドから情報を聞いた』とそう証言しているんだ。それはおかしいだろう?」
「どうしてだ? モンテ導師も嘘をついているとしたら、辻褄は合うだろう?」
エドはわざとらしいほど大きなため息を吐いた。
「誰かが、シェルドの姿を模倣して、陥れようとしていたとしたら、どうだ?」
「模倣だって……?」
『重なる影』と呼ばれる魔族がいる。対象者の姿と記憶を完全に模倣して、対象者を殺して入れ替わってしまうという魔族だ。
それだけではない。姿を模倣する魔法だってある。悪意ある第三者が、僕を陥れるために姿を模倣したのだとしたら? そういった能力を持った魔族が、もしこのカレッジの内部にすでにひそんでいたとしたら?
これまで味方だと思っていた人間が、実は敵だったとしたら……?
「……なあ、エド。今、レイチェルはどこにいる? それと、プレアは!」
「落ち着けって」とエドが苦笑した。
「レイチェルなら、西棟の最奥にある談話室にいる。プレアも一緒だ。二人で『檻』の力を発動して、夜まで立てこもると言っていた。だから大丈夫さ。『檻』が発動されている限り、魔族の奴は手出しできないんだからな」
エドが壁掛け時計を見た。
「そろそろ日没だ。暗くなる前に、俺らも二人と合流しようぜ」
エドの話を、最後まで聞いている余裕はなかった。僕は椅子を引いて立ち上がる。
「そのプレアが、魔族が変装している偽物だったとしたら、どうだ?」
「……え? まさかそんな……。いや、もしそうだとしたら、大変だ……!」
エドの表情は青ざめていて、ショックを受けているのは明白だった。いたずらに不安がらせたくはなかったが、四の五の言ってはいられない。今は状況確認をするのが何よりも大切だ。
「万が一ってことがあるからな。僕は西棟に向かうけど、エドはどうする?」
「……俺も行くよ」
エドは立ち上がって、僕をまっすぐに見た。
エドと二人で談話室を飛び出した。西棟へ行くためには、この建物をいったん出る必要がある。間に合うだろうか。疑念をいったん心中に仕舞って、僕たちは廊下を全力で駆けた。
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