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【四周目の世界】

 今でも時々思い出す――。

 忘れもしない。その日は私の五歳の誕生日で、満月の夜だった。ベールのような薄い雲が、月に半分ほどかかっていた。

 今日は月が綺麗だから、庭を散歩したいのと私は母さんにうったえて、「たまにはそれもいいかもね」と母さんは私にキスをした。

 手をつないで、一緒に家を出る。幻想的な空間に一歩踏み出した。


「寒くない? レイチェル」


 母さんが私の手を引いて歩きながら訊いた。

「うん、平気だよ」と私は答えた。

 これが、最後に見た母さんの笑顔になるだなんて、このときはまったく思っていなかったから。


   * * *


 トリエスト。

 魔法と錬金術と、ふたつの文化によって栄えている辺境の島の名前だ。

 そのトリエストの東端にある王国、ラテルナの首都であるエルストリンに、由緒正しい賢者の学び舎があった。

 エルストリン・カレッジ。

 元々、王国内に多く存在している遺跡を探索する冒険者を育成するために創設されたこの学校は、次第に魔法使いの育成に特化するようになって、今や、島で一番とも呼ばれる魔法学校となった。カレッジの敷地はとてつもなく広く、校舎や寮のほかに、公園、中庭、畑などさまざまな施設があった。

 この賢者の学び舎では、下は十三歳から上は二十代の半ばまでの若者が学んでいる。年齢にばらつきがあるのは、このカレッジでは入学するタイミングを特に定めていないからだ。

 十三歳以上の男女であれば誰でも入学でき、また授業料を補助、あるいは全額免除できる奨学金制度も充実している。ただし、入学するためにはいくつかの試験を受ける必要があり、そこで一定以上の成績で合格しなければならない。進級時にも試験があって、規定の成績を修めなければ進級は認められないなど、むしろ入学してからのほうが厳しいかもしれない。

 厳しいだけに、魔法を極め、多くの知識を学んだ卒業生の何人かが、様々な国の宮廷魔術師として迎えられているという実績もある。

 私は十六歳。このカレッジでは、二学年に所属している。


 二時限目の授業。私たちは実験教室で魔法薬を作る実験をしていた。

 教科書を見ながら、手順通りに薬品を調合していく。


「レイチェル。あなた、それ、塩を入れすぎよ」

「えっ?」


 同じ二学年の女子の指摘に、私は慌てて手元を確認した。

 私が持っているフラスコからは、なぜか妙に濁った緑色の液体がボコボコと湧き出していた。どう見ても、教科書に載っている完成品の赤い液体とは似ても似つかない色だ。


「……うわぁ……」

「……ちょっと、何やってんのよ……」


 隣の子は呆れた顔をする。私の調合した魔法薬は、明らかに失敗作だった。


「ごっ、ごめんなさい!」

「なんでそんなに塩を入れたの? 薬草は?」


 その女子に問われて、私はぎくりとする。


「えっ……と……その……」


 冷や汗がたらりと頬を流れる。


「もしかしてあなた、また聞いてなかったの?」


 彼女は私を責めるような目で見た。事実なので殊勝な態度で頷くしかない。


「ごっ、ごめんなさい」

「もう! どうしていつもそうなのよ!」


 いや、でもこれはペアでの活動なのだから、悪いのは私だけじゃないんじゃ。

 そんなやり取りをしているうちに、他の子たちも私の調合した魔法薬を覗き込んでいたらしく、くすくすと笑い声が聞こえてきた。


「レイチェル、またやっちゃったの?」

「ほんと、レイチェルっておっちょこちょいだよねぇ」

「魔法薬の授業は苦手だもんね」


 恥ずかしさのあまり顔が熱くなるのを感じた。クラスメイトたちはそんな私を見てまた笑う。

 実のところ座学はあまり得意じゃない。魔法の実技は得意なのだけれど、座学、とりわけ製薬とか調合の分野となるとうまくいかないのだ。覚えが、悪いのかもしれない。


「ほら! 早く作り直すわよ」

「う、うん……」


 そのとき私の背中を、クラスメイトの誰かが押した。その勢いでフラスコの中の魔法薬が飛び散る。


「きゃっ……!」

「ちょっと、何やっているのよ!」


 クラスメイトの女子が私を睨んだ。私は慌てて謝罪した。


「ごめんなさいっ」

「まったく……これだからレイチェルは困るのよね……」


 先生が呆れたようにため息を吐いている。クラスメイトたちに笑われながら、私は魔法薬を作り直した。今度は慎重に手順を確認する。そこからさっきと同じくらいの時間をかけてようやく完成したのだが、出来上がったのはやっぱり失敗作だった。

 ペアを組んでいた女子にからかわれて、私は俯く。言い返す気力もなかった。


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