【潜入作戦】
カレッジの広大な敷地の中には、三棟の校舎の他に、体育館、男女の学生寮などがある。中央棟と相対するかたちで二棟建っているのが、実験棟だ。
実験棟のうち、一番館は先日の事故で封鎖されたままになっているので、モンテ導師が入っていったのは弐番館だった。
モンテ導師は、きょろきょろと辺りを見回すような仕草をした。まるで何かを探しているかのように。それから実験棟の中に入っていったのだった。
そこまでを見届けてから、エドと二人で談話室を出た。プレアとシェルドと合流して、実験棟を見渡せる木陰に陣取った。辺りはすっかり暗くなっていて、月明かりも弱々しいので身を隠すまでもなく私たちの姿は闇の中に沈んでいた。
実験棟の二階部分の一室に灯りが点いている。おそらくそこに、モンテ導師がいる。
「……本当に行くのね?」
プレアが少し不安そうな声を出す。「ここまで来て引き下がれるかよ」とエドが鼻息も荒く言った。
「中に、行方がわからなくなっている禁断の魔法書があれば動かぬ証拠になる。それがなかったとしても、魔族の召喚についての研究資料などがあれば、兄貴の無実は証明されるさ」
「……でも、忍び込んだはいいけど、魔法書は見つからない。それをモンテ導師に見つかった。こうなったら最悪退学になってしまうわよ?」
「なっても構わないさ」
罪を被っているのが身内だからか、エドは極めて強気だった。構わないのは、私も同様なのだが。ループを脱することができなかったら、どうせ終わる世界なのだし。
「まあ、私も構わないけどね。じゃあ、忍び込むのは私とエドでいいかな?」
全員が無言で頷いた。誰も異論はないらしい。
シェルドが指をパチンと鳴らすと、どこからともなくカラスが舞い降りてきて彼の肩に止まる。私は見慣れている使い魔だが、エドは目を丸くして驚いていた。
「な、なんだこれは?」
「使い魔だよ」と事もなげにシェルドが言う。エドはまじましとカラスを見つめていた。
「こんなの初めてみたぞ」
エドが感動したように呟いたので、私とプレアは顔を見合わせて笑った。こんな反応を見せる人を見たのは初めてだ。
「そういえば、シェルドは特別クラスだったものね。あそこは使い魔持ちばかりだから珍しくないけど、魔法が苦手なエドには刺激が強かったみたいね」
「悪かったな」
エドが憮然とした顔になる。
「で? どうやって忍び込むんだ?」とエド。
「『姿くらまし』が使えるのなら、堂々と正面から入りたいんだけど」
魔法にはさまざまな体系がある。姿くらましは、体を透明にすることで周囲から視認されなくなる魔法で、補助系の魔法に属する。魔力探知の前には無力だが、逆に言うと探知されない限り他者に発見されない。
人によって、魔法には得手不得手がある。私は攻撃系の魔法は得意だが、補助系や防御系を苦手としている。プレアは私と逆で、防御系の魔法を得意としている。シェルドに至っては、オールマイティにこなすことができるらしい。
「残念ながら、僕は使えないな。レイチェルは?」
「私も無理よ」
姿くらましは難易度が高い。上級魔法の中では比較的簡単な部類だと言うが、それでも高難度だ。
「というわけで、使い魔を利用したいと思っているんだよ」
「使い魔を?」
シェルドが、得意のニヒルな笑いをしてみせた。
明かりが灯っている二階の窓にカラスが張り付いて、コツコツ、コツコツと二回窓ガラスを突いた。これを無視された場合次の手を考えなくてはならなくなるが……そんな不安を感じ始めた頃合いに窓が開いて、モンテ導師が顔を出した。
シェルドが睨んだ通り、物音に対して過敏になっているのだろう。
きょろきょろと視線を巡らしてからカラスを見つけたモンテ導師に、「すみませーん」と下にいたプレアとシェルドが声をかけた。
「そこに落ちている眼鏡を拾ってくれませんか? カラスにいたずらされちゃいまして」
窓には落下防止用の小さい柵が付いている。使い魔であるカラスを使い、そこにプレアの眼鏡を運ばせたのだ。彼女は特段視力が悪くはないが、授業中は時として眼鏡をかけている。それを利用したのだ。
カーと鋭く声を上げ、カラスが飛び去った。使い魔であることを悟らせないためだ。
「これか」
モンテ導師が柵の下部にひっかかっていた眼鏡を拾い首を傾げる。
怪しまれたか? と一瞬だけ思うが杞憂だった。
「そら」と放り投げようとして、誤って落としたらと不安になったのだろう。「今、そっちまで持っていく」とプレアに声をかけてモンテ導師が引っ込んだ。
「よろしくおねがいしまーす」
なかなか堂に入った猫なで声だ。
プレアが眼鏡をかけているから彼女を使ったのではない。モンテ導師は真面目な風貌のわりに色事が好きだとの噂がある。プレアが声をかければ、下まで来るだろうとの算段があったのだ。
このやり取りを、私とエドが物陰から見ている。
「じゃあ、行ってくる。そっちも気をつけてな」と声を残してシェルドとプレアが実験棟の玄関へと向かった。
玄関が開いて、モンテ導師とシェルドたちが話し始めたのを確認して、私とエドは動いた。
『浮遊』の魔法を用いて、二階の窓枠に飛び移る。窓の鍵はかかっていない。いいぞと心中で呟き中に入る。エドも窓枠に足をかけて室内に入ってくる。
研究室のような部屋だ。机の上には実験器具や本が積まれていて、あちこち散乱している。一番目を引くのは、床に大きな円陣が描かれていることだ。
「こいつはなんだ?」とエドが顔をしかめた。
「円陣の内側に魔法文字を敷き詰めてある。この円陣の上に禁断の魔法書を置いて、呪文を唱えるんじゃないかな」
「やはり、禁断の魔法書を使おうとしているんだな……? それで、問題の魔法書はどこだ?」
本当にモンテ導師の仕業だったのかと、しばし呆然としてしまった。
こうしてはいられない。
机の上には書物だけでなく巻物もある。乱雑に積み上げられた本の一番上に、それはあった。『魔族を召喚する手順と、封印する方法』とタイトルがある。これで間違いない。
「封印……? もしかしてこれか」
エドがテーブルの一角を指差した。そこには小さな壺がふたつあった。召喚した魔族を、この壺に入れて使役するのだろうか。本当にそんなことができるの?
「全部、モンテ導師の仕業だったんだな。……よし、この壺と魔法書を査察部に提出すれば、動かぬ証拠となる」
改めて怒りがぶり返してきているのか、エドが拳をわなわなと震わせた。
「早く証拠を確保して、退避しましょう」
「そうだな」
証拠になる品を、エドが背負い袋の中に入れていく。
「そこで何をしている」




