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【禁断の魔法書(1)】

 図書館を出て、事故現場である建物の前まで急いだ。現場には人だかりができており、その中心に建物の一部が崩れ落ちていた。


「ひどいな……」


 エドがぼそりと呟く。


「何があったの?」


 集まっている人の中から、適当に人を捕まえて訊いてみる。事故があったのは実験棟の二階みたいだが、野次馬で人垣ができていて中には入れそうにない。それ以前に、カレッジの先生たちによって建物の入口は封鎖されているようだったが。


「詳しいことはわからないけれど、実験の失敗みたいだよ。責任者は、聞いたところによるとリアンダー先生らしい」

「そんなわけないでしょう!」

「そんなわけないだろう!」


 私とエドはほぼ同時に叫んでいた。


「ちょ、ちょっと、いきなり大きな声を出さないでくれ」


 驚き戸惑った男が、声をひそめて文句を言う。目には怯えの色が浮かんでいた。悪いことをしてしまったが、私たちとしてはそれどころじゃないのだ。リアンダー先生は知識欲旺盛でよく実験棟にこもってはいるが、こういった派手な失敗などしたことはない。するはずがない。

 私も信じられなかったが、身内であるエドはなおさらだろう。


「出てきたぞ」


 野次馬の一人が上げた声に、伸びあがって見た。白衣姿のリアンダー先生が、査察部の警備員に両脇を捕まえられて連行されていくところだった。「査察部?」と思わず声が漏れた。カレッジの中で起きた犯罪や不正を取り締まる内部警察のような組織が査察部だ。

 査察部の人間が出張ってきている時点で、きな臭かった。ただの事故ではないの?


「どうして……?」

「兄貴!」


 私の疑問を遮るみたいにして、エドが人垣をかき分けて近づいていく。「ちょっと」とプレアが声を上げたが、人の波に遮られて、私もシェルドも側に行くことはできない。

 どうして、あんなひどい扱いを……?

 私が感じた疑問に、近くにいた誰かが答えてくれた。

「なんでも、魔族を召喚するための禁断の魔法書を、持ち出していたらしいぞ」と。


「それは本当なのかい……?」


 切羽詰まった声で、シェルドがそう問い返した。


「……ああ。もっとも、査察部の連中がそう言っているだけで、俺たちには本当かどうかはわからないけれどな」

「そんなことって……」

「うん。ありえないよ」


 神妙な顔でプレアが言う。私も彼女と同意見だった。

 禁断の魔法書は、その危険性ゆえに普段はカレッジの総務部門で厳重に保管されており、導師級の人物でなければ持ち出すことはおろか閲覧することもできない。

 リアンダー先生であれば、魔法書を持ち出すことは可能だ。爆発があった実験棟から出てきたのは、リアンダー先生だった。だからといって、先生が危険な実験をしたとは信じられない。禁断の魔法書の使用は、重大な違反行為だ。危ない橋を先生が渡る理由はないし、何より、彼は絵に描いたような真面目人間だ。

 連行されている先生の姿を見てなお、にわかには信じられなかった。

 何か、裏があるはずだ。


 翌日の放課後。わたしたちは再び図書館に集まっていた。ここでなければならない理由はなかったが、話し合いをするのにちょうどいい場所だったからだ。


「それで? 結局どうなったんだ?」


 シェルドが椅子に背を預けた姿勢で、エドに訊ねた。


「ああ。結局、査察部に拘束されたままさ」


 眉間にしわを寄せて頷くエドは、どこか上の空だった。その横顔はひどく思いつめたような色を帯びていて、彼の心が、昨日の事件に囚われているのがわかる。


「エド。もしかして、昨日からずっとそれを考えているの?」

「……ああ」


 私の問いに、エドは短く答えただけだった。顎に手をやりつつ、深く考えを巡らしている様子だ。


「それで? その禁断の魔法書とやらは、本当にあったの?」


 待てど暮らせど語ってくれないエドに、痺れを切らしたようにプレアが訊ねた。あのあと、カレッジの側から昨日の事件についての正式な発表はない。捜査が難航しているのか、導師級の人物が起こした不祥事なので、慎重になっているのかはわからないが。

「あった」と苦い顔でエドが呟く。


「禁断の魔法書を持っていたのは兄貴で、魔族を召喚するための実験を行ったのも兄貴だった。そして兄貴は、そのどちらも否定していない。……しかし、なぜそんなことをしたのか、動機についてはいっさい語っていないんだそうだ」

「それじゃあ、完全にクロじゃないの……」

「言い逃れできる状況ではないな」


 プレアとシェルドが、二人そろって沈痛な声で呟く。


「このまま、査察部の人間に拘束されたままだとしたら、先生はどうなってしまうんだ?」

「……おそらく、そのまま刑務所送りになってしまうわね」

「それ……まずいよね?」


 シェルドの眉間にも深いしわが寄った。「だが」というエドの声が、二人の会話に被さる。


「禁断の魔法書の持ち出しを要求していたのは、兄貴じゃないらしいんだ」

「それ、どういうことなの?」


 私は、向かい側にあるエドの顔を見た。


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