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【カミングアウト】

「檻ねえ」と指輪を眺めながらシェルドが言った。放課後、図書館でのことだ。

 魔法に関する書籍が所狭しと並べられているその場所で、私は古代王国時代についての本を読み漁っていた。

 シェルドも隣で本を読んでいる。

 机を挟んで対面の席では、エドとプレアも古代王国時代の本を広げていた。エドは小さく欠伸をしていて、少し飽きてきている様子ではあるが。

 指輪に隠されていた力について、ルーチェに聞いてみたが、彼女は何も知らないと答えた。やはり父さんが戻ってきてから聞くしかないようだ。

 いずれにしても、私が魔族(と確定してはいないが)の脅威に晒されていることと、無関係とは思えなかった。そこで、魔族をこの世界に召喚する方法について調べているところだ。しかし、図書館の本で得られる知識はすでに知っているものが多く、調査は難航していた。

 自分が一ヶ月間をループしていることを、エドとプレアにもカミングアウトした。前回の世界でもプレアには言おうと思っていたのだから、ついでみたいなものだ。

 ここで勝負をかけたい。すべてのカードを切って、この忌々しいループをなんとしても突破してやる。


「魔族の侵入を拒むことができるのであれば、この指輪の魔法を発動することによって、運命の輪を突破できるんじゃないの?」


 本を閉じてプレアが顔を上げた。すでに何時間も書物を読み漁っているので、彼女の顔には疲労が滲んでいる。


「そうかもしれない。ただ……まだ指輪の力を実際に試してみていないから、いまひとつ信じきれないというか、安心はできないんだけどね」

「それもそうだな。魔族の前で、試すことができればいいが、普通に嫌だな。そんな恐ろしいことは俺はしたくないぜ」


 私の声に応えるみたいに、エドが肩をすくめてみせた。


「ああ、すまん。もちろん、協力したくないって意味じゃないんだ」


 が、すぐにバツが悪そうな顔に変わって謝罪した。


「わかっているよ。むしろ、こんな荒唐無稽な話を、信じてくれてありがとうね」


 もちろん、二人とも手放しで信じてくれたわけではない。

 眉間にしわを寄せながら二人は私の話に耳を傾けていて、聞き終えたあとも困惑の顔を崩さなかった。なによりも、自分たちも同じ世界をループしている事実が信じられないようだった。

 それでも二人は状況を理解してくれた。納得してくれたかは定かじゃないが。

「こんな嘘をレイチェルが言ったところで、誰にもなんの得もないからな」というエドの言葉通り、不利益がなかったからこそ、半信半疑ながらも理解してくれたのだろう。


「だから、魔族を召喚する方法を調べようというわけか」

「うん。いつ、どんな方法で魔族が召喚されるのか、まずは知っておかなくてはならないからね」

「魔族が自分の意思でこの世界に来ているとしても、手段を知っておくのは大事だからね」


 本のページをめくりながらシェルドが言った。調査するべきと、進言してくれたのも彼だった。

 魔族を人間界にやってくる方法として、書物から見つかったのは次のふたつだった。

・魔族が、自らの魔力を使って空間のゆがみを作りだし、人間界にやってくる。

・魔術書や召喚魔法などを用いて、魔族を人間界に召喚する。


「まあ、普通に考えたらこのふたつだよね」


 腕組みをしてシェルドが言った。


「すでに魔族がこの世界にいるのなら、防ぎようがないが、これからやって来るのだとしたら、召喚する人間がいることになる。いずれにしても、レイチェルに対して悪意を持っている人物が誰かいるんだ」

「どういうこと? レイチェル、あなた誰かに恨みを買うようなことでもしたの? ……と言いたいところなんだけど、恨みを買っているのはむしろ私のほうかもね」


 自嘲気味にプレアが笑う。これまで私がループをしたとき、必ずそばにプレアがいた。でも、それはない。プレアは私の死に巻き込まれているだけだ。


「それはないよ。もし、魔族の狙いがプレアであるなら、最初のループのとき、私が来るまで待つ必要がないし、なんなら私を殺す理由がない。……必ず、殺されているのが私であって、私が殺されることでループしているのだから、起点である私が魔族の狙いと見て間違いないんだよ」


「だから安心して」とプレアに声をかけると、「そうだったとしても、私じゃなくて良かっただなんて、言えるわけないよ」とプレアは一層苦い顔をした。それもそうか。


「とにかく、その魔族がどこから来ているのか、突きとめないといけないってことだろ?」


 手持ち無沙汰気味になっていたエドが、総括するみたいに言った。


「そういうこと」


 シェルドが言ったそのとき、ドン! と大きな爆発音が響いて、建物全体がビリビリと揺れた。突然の大きな音に慄き、周囲にいた学生の何人かが立ち上がる。

「きゃあ!」と悲鳴を上げるプレアを宥めるように、「大丈夫。落ち着いて」と声をかけた。

 爆発音はそれきりだったが、やはり大きな音だったので、図書館内がにわかに騒がしくなり始める。


「おい! あれを見ろよ!」


 エドが窓の外を指差した。その先にあったのは、空に向かって黒い煙をもうもうと上げている建物の姿だ。

「あそこは実験棟だ」と誰かの声がした。


「実験棟? 何か、実験の失敗でもあったのかな?」

「かもしれない」とシェルド。

「煙の量を見る限りでは、そうでしょうね……」


 火災が起きているのだろうか。煙が立ち昇っている窓の外の光景から視線を剥がして、私は踵を返した。


「……行ってみよう! わからないことは、この目で確認するのに限る」


 全員が、私の声に頷いた。

 これもまた、これまでになかったイレギュラーな出来事だった。わかっていたことだが、やはり世界の流れに誰かの意思が関わっているのだ。


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