表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/50

【初めてずれた座標】

 苦しい。喉の奥が焼けるように熱い。

 辺りは真っ暗で何も見えないのに、自分が今どういう状況におかれているのか、それだけは手に取るようにわかった。

 私の背中から胸にかけて、焼けるように熱い何かが貫通している。

 刃だ。私の体を刃物が貫通しているのだ。

 傷口と口内からあふれ出してくる血で、私の胸と喉は焼けるように熱いのだ。

 考えなくてもわかる。これが最期の瞬間なのだと。私はまた失敗したのだと。

 どうして?

 何も失敗する要素はなかったはずだ。逆に言えば、成功する要素もなかったのかもしれないが。


 後ろに誰かがいる。

 私を殺した人間の顔を最後に拝んでやろうと思って、動きの鈍くなった首を懸命に回した。

 そこにいたのは――。



「わあッ!!」


 大声を上げて飛び跳ねるようにして起きた。

 寝台の上に上半身だけを起こして、周囲の様子を見た。

 半分ほど開いているカーテンの隙間から、日光が差していた。鳥のさえずりが聞こえていた。雷雨の中、傘も差さずに走ってきたときみたいに、背中がじっとりと汗ばんでいて、気持ちが悪かった。

 今のは、夢? それとも?

 いや、夢かどうかなんてそんなことはどちらでもいい。

 今は何時なんだ。

 なぜ、私は自分の部屋にいるんだ。

 記憶が、途中から欠落している。

 朝、プレアが家に来て、それから二人でカレッジに向かって、それから――。

 何があったのかまったく覚えていない。

 ひとつだけはっきりとわかったのは、おそらくループを脱してはいないということだった。

 何がどうなったのかはわからないが、私はまた死んだのだ。

 落胆が全身を支配していく。どうして――。

 これまで、私が死ぬのは必ず六月一日だった。

 このジンクスが崩れてしまった。それよりも、死期が一週間以上も早くなってしまったのだ。 

 何がどうしてこうなったのか。これでは、この先私はいつ死ぬのかわからなくなってしまうではないか。対策を、六月一日に集中させるだけではダメじゃないか。


「レイチェル様! どうかしましたか?」


 自室の扉が騒々しく開いて、ルーチェが顔を出した。自分が思うより大きな声が出ていたらしい。

 深呼吸をした。悩んでもしょうがない。まずは、今やれることをしなくては。


「ごめん、なんでもないわ。驚かせてしまってごめんなさいね」

「そうですか。なら良いのですが」


 ルーチェが側まで来て、私の額に手を当てる。「熱はないみたいですね」と呟く。


「ねえ、ルーチェ。今日は、六月二日ではないわよね?」


 しばしルーチェが絶句した。その反応で、答えはおのずとわかっていた。


「ええ、もちろんでございます。まだ、五月ですよ」

「そうよね」

「本当に大丈夫ですか?」


 ルーチェがもう一度熱を測ろうとしてきたので、丁重に断っておいた。


「ええ、大丈夫よ。気分も悪くないし」

「……そうですか。今日は天候があまりよろしくないので、傘を持って早めに家を出られたほうがいいと思います」

「ええ、そうするわ。ありがとう」


 何の気なしに答えてから、違和感が総出で私を襲ってくる。


「今、なんて?」

「レイチェル様? いえ、今日は天候がよろしくないので、と」


 私はベッドから飛び降りると、パジャマ姿のままで部屋のカーテンを大きく開け放った。

 雨が降っていた。しとしとと雨が降り続いている家の庭が見えた。五月の初旬は天候が崩れがちで、雨の日が比較的多かった。それは知っている。でも……。


「そんなはずない」


 それは、無意識のうちに落ちた呟きだった。

 ループして戻ってくる四月三十日は、これまで必ず晴天だった。これまでずっと、そうだったのに。

 ――ええ、もちろんでございます。まだ、五月ですよ。

 全身が、総毛だった。


「ねえ! 今日の日付を教えて!」


 なぜ、そのような質問を? と言わんばかりにルーチェの顔がいぶかしむものになる。

 私の不自然な反応を、ルーチェが不審がることはこれまでもあった。しかし、ここからがいつも通りではなかった。


「……はい? 本日の日付は五月一日ですが……」

「そんなはずないでしょ!」


 驚きから大きな声が出てしまう。ルーチェの眉間にしわが寄った。


「……お嬢様。今日はどうなされたのですか? 何かいつもと様子が違うようですが。お疲れになっておられるのでは?」


 ルーチェの視点では、ループしてきたこの日から、私の行動が急におかしくなったように見えるのだろう。心配されてしまうのは当然だ。


「いや、ごめん。なんでもない。とりあえず、着替えて朝食にするわね」


 取り乱してしまったことを反省する。


「かしこまりました。……そうだ、お嬢様、指輪を」

「指輪ね。はいはい、ちゃんとするから」

「はい、それであれば、良いのですが」


 うやうやしく一礼をして、ルーチェが部屋を出ていった。すっかり動転してしまって、毎朝のルーチンを忘れてしまっていたようだ。

 一人残された自室で考える。どうしてこうなっているのかと。

 昨日、何があったのか。どうして、何も覚えていないのか。私は、なぜ死んだのか。シェルドに、プレアに、真実を告げて相談することはできたのか。それよりもなによりも。

 なぜ、死期が早まったのか。

 なぜ、ループの起点は一日ずれてしまったのか。

 もしかしたら、このループ現象は有限のものなのかもしれない。一日ずつ戻れる日数が短くなっていって、やがてループ現象そのものが止まってしまうんじゃないかと。

 だとしたら、急がなくてはならない。誰かに、頼らなくてはならない。

 シェルドの顔が頭に浮かぶ。

 前回の世界でイレギュラーな存在として登場した彼は、この世界でも関わってきてくれるだろうか。

 それとも、あれは神の起こしたきまぐれみたいな奇跡であって、もう二度と会えないのだろうか。

 その可能性が頭に浮かぶと、部屋の床ごと崩れ落ちてしまうかのような絶望感に襲われた。

 私は、彼のことを信頼していた。だからこそ、すべてを打ち明けようとそう思っていたのに。彼がいてくれなかったら、私のループはまた失敗に終わるんじゃないのか。

 それとも、彼が現れたせいで流れが変わって、むしろ死期が早まったのだろうか。

 いやいやそんなはずはない。

 図書館でボヤ騒ぎがあったとき、助けてくれたのは彼だったじゃないか。根拠のない不安を抱えたところで仕方がない。

 やはり、彼に会ってみるしかない。この世界でまたシェルドに会えたら、洗いざらい話すのだ。彼に相談して、今後の展開と対策について一緒に考えてもらおう。


「よし!」


 気合いを入れるように頬を両手で強く叩いた。不安はまだ拭えないけれど、それでも、やらなければならないことがある。

 まずはカレッジに行かなくては、何もわからないのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ