表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/50

【ふたつの指輪】

「屋敷の裏手にある果樹園を、散歩しているときのことだった。狼の群れに襲撃されて、それで命を落としたんだよ」

「そんなことって、ある?」


 疑問の声を上げたのはプレアだ。


「何か、おかしかった?」

「だって……、レイチェルのお母さんは冒険者だったんでしょ? 油断していたとか、何か事情はあるのかもしれないけれど、狼相手に遅れを取るなんてことありうる?」

「うーん……」


 プレアの疑問はもっともだ。それについては、私もずっと引っかかっていた。


「でも、間違いないんだよ。その日、現場である果樹園には私もいたから。十年以上前のことで、あまりよく覚えてはいないんだけど、それでもお母さんの亡骸をこの目で見たのは確かなんだ」


 母の亡骸と、側にいた私を見つけてくれたのは父とルーチェだった。二人が私を見つけ、狼の群れを追い払ってくれなければ、おそらく私も食い殺されていた。

 あの日のことは、あまり思い出したくない。


「じゃあ、レイチェルはずっと父親の手ひとつで育てられたの?」

「いや、そうじゃないよ。それから数年して、お父さんは再婚したからね」


 継母であるマルヴィナは、親戚筋だった侯爵家の生まれだ。前妻の娘である私のことを毛嫌いしていて、たびたび嫌味を言われる。しかしながら継母もまあしたたかなもので、父の姿がないときを狙って嫌がらせをしてくるので、私が陰湿ないじめに遭っていることを父は知らない。私にしても、いらぬ火種は増やしたくないので、父にこの話はしない。

 父と継母の間に子ができたなら、この風当りが強い状況も改善されるだろうとは思うのだが……今のところ、残念ながらそういった兆候はない。

 それ以前に、このループを脱しなければどうにもならないが。

 継母との関係を改善したところで、死んでしまったのでは元の木阿弥だ。


「私、継母には嫌われているの。顔を合わせるたびに嫌味ばかり言われている」

「大変なんだよな、レイチェルは」とエドがため息を吐いた私を見て苦笑する。

「実際、大変だよ。でも、辛くなったときは、これを見て母さんのことを思い出しているの。そうすれば、辛いことも少しは耐えられる」


 この、繰り返されるループ現象にも。

 右手に嵌っている指輪を見せると、シェルドが興味深そうに前のめりになった。


「これは?」

「母さんが残してくれた形見なの。母さんが守ってくれるから、肌身離さず付けていなさいって、父さんからそう言われている物なんだ」

「それと同じ物、僕も持っていますよ」

「へ?」


 驚きから変な声が出た。

 ほら、と掲げた右手には、確かに私のものとよく似たデザインの指輪が嵌っていた。ただし、石の色が私のものとは違う。私のが濃い緑色なのに対して、シェルドの指輪の石は透き通るようなエメラルドグリーンだった。それにやや古びていて、石の表面に傷が一本あった。綺麗なのにもったいない。


「これは?」


 今度はこちらから聞き返す番だった。


「僕の母親の形見なんだよ。そこは、レイチェルの家の事情とよく似ているね」

「形見って、じゃあ……シェルドのお母さんも、亡くなっているの?」

「そうだよ。僕の母親が亡くなったのは、去年のことだった。僕の母親は、優秀な魔法使いだったんだ」


 シェルドの母親は、奈落の君を退けたという、伝説の勇者なんじゃないかと一瞬思った。だが、四人の勇者の名前はなぜか後世に伝わっていないので、特定のしようがないが。


「……一年前? シェルドのお母さんはどうして亡くなってしまったの?」

「簡単に言えば、魔法を使い過ぎたのかもね。……ごめん。あまりあのときのことは思い出したくないんだ」

「ご、ごめん……!」


 境遇が自分とよく似ていたので、根掘り葉掘り聞きだしてしまった。少々デリカシーがなさすぎた。

 魔法を使い過ぎたとはどういう意味なのか。疑問に感じたがこれ以上突っ込んで聞く気にはなれなかった。

 優秀な魔法使いだった母親の跡を継いで、シェルドも魔法使いになりたいのだという。そこも、私とよく似ていた。


「ふたつとも大事な人の形見で、どちらもデザインがよく似ている。偶然にしては出来すぎじゃないか? ……もしかしたら、ふたつの指輪には何か関連があったりしてな」

「古代王国期に作られた魔法の品の中には、複数作られたものもあるんだって。同じデザインということは、そういった物のひとつなのかも?」


 エドの感想に、補足説明をしたのはプレアだ。


「数が多く作られたということは、それだけ便利な物だった、ということかもしれないよ。一度、誰かに調べてもらったほうがいいんじゃない? 思わぬ力が隠されていたりして」

「思わぬ力かあ……」


 指輪に嵌っている石を、日の光にかざしてみた。父に言われていたからというのもあるが、この指輪は私にとってお守りみたいなものだった。これを通して、私は時々母の姿を思い出している。

 この指輪が私のことを守ってくれている……というのはさすがに考えすぎだろうか。

 意識ごと吸い込まれてしまいそうな、透明感のある空が眼前に広がっている。

 空の中心に、黒い点が染みのように生まれた。

 点は見る間に大きくなり、人の形になっていく。


「……見つけた」


 上空に現れたのは、ガーゴイルだった。聞き違いだろうか。人の言葉を話した気がする。迷宮の中で見たものとは、どこか違う気がした。私の位置からでもわかるほど、殺気立っているのが伝わってくる。


「レイチェル!」


 シェルドが慌てて私を呼んだ。


「迷宮にいた奴の残りか?」


 武器を構えたエドの問いに、「それはありえないよ」とプレアが冷静に返した。


「カレッジの迷宮の中にいるガーゴイルは、いわばただのレプリカだもの。……こいつは違う。レプリカなんかじゃない。本物の、」


 ――ガーゴイルだよ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ