【仮免許試験(1)】
ひんやりとしたカビ臭い空気が辺りを満たしていた。
私たちは今、カレッジの中にある迷宮で、冒険者としての仮免許を取得するための試験に挑んでいた。この試験で合格することができれば、冒険者として活動するための最初の一歩となる。
試験に挑んでいる班のメンバーは四人。私と、エド、プレア、シェルドだ。
人工的な迷宮なのだが、雰囲気はさながら本物の迷宮だ。光の魔法がないと一寸先すら見通せない。魔物は、迷宮の中でも試験会場となっている区画でのみ現れる。それらはすべてカレッジの管理下にあって、万が一のときは緊急停止させられるので命の危険はない。
だから、安心して試験を受けられるのだった。
「えっと、次の試験は……あった」
『召喚魔術』の試験会場はすぐに見つかった。張り紙に大きくそう書かれていたからだ。
「ガーゴイルか……」
エドが紙に書かれていた単語を見て、顔をしかめた。
ガーゴイルとは、魔族の一種である。
人間とは比較にならないほど頑強な肉体と知性、魔力を兼ね備えていて、禍々しい姿をしている魔族たちの中では、最下級に位置するものだ。しかし、それでも一般人では遭遇することはすなわち死を意味するくらいには強い。冒険者でも、駆け出しレベルでは対処するのは難しい。だからこそ、四人の連携が大事になるのだが。
試験は、迷宮をゴール地点まで抜けきることで合格となる。ただし、途中で魔物に遭遇した場合はなんらかの手段をもって対処しなくてはならない。
なんらかの、と言った通り、戦わずに逃げても構わない。ちなみに、魔物が迷宮の外に出ることはない。出口に強力な結界が張られているからだ。
「また厄介なのがきたな」
エドとシェルドが顔を見合わせている。「どうしたの?」とプレアが訊ねると、エドが口を開いた。
「いや……ガーゴイルって、魔法が効きにくいんだよ」
「そうなの」
プレアの問いに、エドが頷いた。
「それでも、やるしかないんだけどな」
扉を開けて試験会場に入る。入った先は、前方が二手に分かれた迷宮となっていた。
扉を開けたのに連動して、魔物がこの先のどこかに放たれたはずだ。右か、左か。私たちは相談をした上で、左の道を選択した。
「はぁ……はぁ……」
私は今、迷宮の通路を走っている、後ろからは、ガーゴイルが数体追いかけてきている。
最初に遭遇をした一体を屠ったのち、私たちは後方から現れた魔物をやり過ごすことにしたのだ。しかし、翼を持っているガーゴイルの移動速度は速い。
「おい! もっと速く走らねぇと追いつかれるぞ!」
エドが私を急かすように叫んだ。
「はぁ……わかってるわ……!」
言われなくても頑張っているつもりだ。だが、体力の限界が近づいていた。
私と並走していたシェルドが立ち止まる。「やろう」とみんなに号令をかけた。シェルドが、魔法具の槍を地面に突き刺す。そこから地面が隆起し、私たちの周囲を囲った。
「これは……?」
「土属性の魔法だ」とシェルドが言った。
土属性の魔法は、地面から岩や土の槍を生み出して攻撃したり、今のように防御したりするものが多い。
壁に阻まれてガーゴイルがまごついているうちに、プレアの魔法の詠唱が終わる。
「火炎球!」
プレアの手のひらから放たれた火の玉が、土の壁を貫通してガーゴイルに命中する。しかし、大したダメージは与えられなかったようだ。壁が崩れ落ちる。
「効果はいまいちみたいね」
追撃を入れるためにシェルドが魔法を詠唱するが、それよりも速くガーゴイルがこちらに飛びかかってくる。横凪ぎに振るわれた爪の一撃を、持っていた剣の腹を立ててエドが受け止めた。
「レイチェル!」
「わかってる」
もう一体はシェルドが受け持った。
剣戟の音が響いている間に、私は呪文の詠唱を完成させた。
「氷結波!」
放たれた氷の波が、エドと対峙しているガーゴイルに直撃する。
全身が凍り付いたところにエドの追撃が決まる。けさ切りの一撃をまともに食らって、ガーゴイルはバラバラになって崩れ落ちた。
「サンキュー、レイチェル」
「油断している暇はないよ!」
残った一体は、プレアの火炎球の魔法が今度こそ焼き払った。