【時々見る夢】
授業がすべて終わって放課後になる。昇降口まで向かう途中の廊下で、私はプレアにこんなことを訊ねた。
「男女がキスをするとしたら、どんな理由があると思う?」
「はあ?」
風船から、空気が抜けたときみたいな間抜けな声が、ふたつ揃って響いた。
プレアと、私たちの後ろにいたエドからのものだ。
「そりゃあまあ、相手のことが好きだとか、お互いが付き合っているときとかじゃないの?」
「うーん。それはわかっているんだよね」
望んでいた答えと、それは少し違った。
「じゃあ、何が知りたいのよ?」
「もっとこう、挨拶的な感じでかるーく交わすときって、どういった理由でキスをするのかなあって」
「挨拶的な感じで軽く交わす?」
再び二人の声が揃った。
「なに、レイチェル。もしかして誰かとキスしたの?」
「へっ? ま、まさか! そんなことあるわけないじゃない!」
しまった、まずい。どうにかごまかさなくては!
「友だち。そ、そう。これは友だちから聞いた話で」
「お前に俺ら以外の友だちなんていないだろ」
「ぐはっ」
エドの発言が的確に私の急所を射抜いて、心が吐血した。
「し、失礼ね。友だちならちゃんといるよ。少ないだけで」
「ほんとかなあ? じゃあ、誰から聞いた話なんだよ?」
「サ、サマンサ?」
人畜無害そうな、クラス委員の名前を挙げておいた。
「サマンサが誰かとキスをしたということ?」
プレアの勘違いを、慌てて否定する。ここで否定しておかないと、サマンサにまで迷惑をかけてしまう!
「そうじゃないけど。サマンサの、友だちの話かな……?」
「あっ、なるほど。そういうことね。ふーん?」
ここでプレアがとたんに訳知り顔になった。
「……ちょっと、何を考えているのか知らないけれど、私はいっさい関係ないからね……?」
「はいはい。そういうことにしておくね。そっか、そっか――」
「だから勘違いだってば……!」
プレアは、今日の体育の授業のときの顛末をある程度知っている。完全に誤解されてしまった。
いや、キスをしたのは事実だから、まったくの誤解でもないんだけど。プレアが期待しているような、甘い展開なんてないんだよー!
靴を履き替えて校舎の外に出る。
エドが、どこか複雑な顔でこちらを見ていた。
* * *
時々、おかしな夢を見た。
家の裏手にある果樹園を私は一人で歩いている。しかし、夢の中の私は子どもではなく、十六歳の今の私だった。夜なのに、辺りは不思議な明るさで満ちていて、しかし空を見上げるとそこに太陽はなく眩しいくらいの満天の星空だった。
こんにちは、とどこからか声がする。
「誰?」と訊ねても返答はなく、その声が自分の胸の内から響いているのがわかる。
誰の声なのかはわからないが、幼い女の子の声なのはわかる。その声はとても嬉しそうだった。
――ずっと待っていたの。あなたのこと。
「どうして?」と訊ねてみたが、答えは聞こえてこない。その代わり、女の子はこんなことを言うのだ。
――また一緒に遊ぼうね。
いつの日か、彼女と出会う日がくると、いつの間にか十六歳の姿に戻った私は思う。
そして目が覚めると、夢の内容を一部忘れているのだ。
* * *