表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/50

【始まりは、六月一日】

 目が覚めたときに見えたのは、天蓋付きのベッドだった。

 いつもと同じ朝の目覚め、と思いたいが、そうじゃないことは自分が一番よくわかっている。

 一瞬前の記憶が、昨晩のものではなかったから。


「巻き戻ったのね」


 また、この日に戻ってきてしまったのだな、と理解した。また、この日からの繰り返しが始まってしまったのだなと理解した。

 つまり、私はまた死んだのだ。

 何度も経験している日々に、今一度戻ってきてしまったのだ。

 誰に殺されているのかはわからない。

 なんのために殺されているのかもわからない。

 自分の死の間際の記憶はひどいノイズだらけで、肝心なことは何ひとつ覚えていないのだから。

 ひとつわかっていることは、私は何者かの手によって殺されて、必ずこの日に戻ってきてしまうということ。

 ため息をひとつ吐いて部屋を見渡す。いつもと変わらない部屋がそこにあった。半分ほど開いたカーテンの隙間から朝日が差していて、その光と闇のコントラストが目に優しくなかった。

 枕元にあった指輪を右手に嵌めて、日の光にかざしてみた。嵌まっている濃緑色の石が、深い海の底みたいな青緑色に輝いた。

 これは、亡き母が私に残してくれたたったひとつの形見だ。母から受け継いだものは、この指輪しかない。母さんは、もうこの世界にはいないけれど、母と過ごした日々の記憶も、すでに薄れてきてはいるけれど、私は確かに母さんに愛されていた。母さんとの思い出は、いくつも私の中に息づいている。

 死に戻るたびに、この指輪を見て勇気をもらっている。

 もう一度母さんに会いたい。

 会いたいけれど、私はまだ死ぬわけにはいかないのだ。

 ベッドから抜け出して、窓辺に歩み寄る。カーテンの隙間から外を覗けば、まだ空は薄暗く、日が昇り始めたばかりのようだった。

 窓を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。しかし、寒すぎるということもなく、暑くも寒くもないちょうどいい気温だ。

 私の名前はレイチェル・サリス。

 賢者の街エルストリンにある。エルストリン・カレッジに通っている魔法使い見習いだ。

 私は、この年の春から夏までの期間を、すでに三度体験している。今回が、四度目だ。


「おはようございます、お嬢様」

「……おはよう、ルーチェ」


 カーテンを開いたタイミングで、背中から声を掛けられる。声の主は使用人のルーチェだ。メイド服を着ていて、トレードマークである長いストレートヘアを背中に垂らしている。


「お嬢様。忘れることなく指輪を……」

「はいはい、わかっているから。この指輪は母さんの魂だからね。忘れたりなんかしないよ」

「失礼しました。お忘れでなければ、良いのですが」


 ルーチェは、私が目覚めるたびに、母の形見の指輪を忘れずに付けろと口ずっぱく言う。すっかり耳にたこができてしまった。おかげで、目覚めと同時に指輪を嵌めるのがルーチンになってしまった。


「お食事の準備ができておりますが……どうなさいますか?」

「ん……食べるわ」

「かしこまりました」

「ねえ、ルーチェ」

「はい?」

「今日は何日だったかしら」


 またおかしなことを聞く。そういった表情を浮かべてルーチェが首をかしげる。


「えっと……四月の三十日ですね」


 ルーチェは律儀に答えてくれる。予想通りだったことに軽く落胆してしまう。


「お嬢様?」

「……なんでもないわ。着替えたら行くから、食事の準備だけしておいてもらえるかしら」

「かしこまりました」


 一礼して去っていくルーチェを見送ると、私はまたひとつため息を吐く。このあとの展開がどうなるかは知っているから。もう何度も経験している。

 春から夏まで、とさっきそう言った。だが正しくは、夏の始まりまでと言ったほうがいいかもしれない。

 私の命日は、六月の一日なのだ。その日、私は死ぬ。

 どうして死ぬのか、わからないまま。


   * * *


お読みいただきありがとうございました。ブックマークや下の☆☆☆☆☆で評価いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
魔法使い見習い、賢者の街、つまり周りに魔法が溢れている状況が、ループと関連してそうですね。何やら不穏な立ち上がりですが、どう物語が進展していくのか楽しみです。 拝読させて頂きありがとうございます。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ