【始まりは、六月一日】
目が覚めたときに見えたのは、天蓋付きのベッドだった。
いつもと同じ朝の目覚め、と思いたいが、そうじゃないことは自分が一番よくわかっている。
一瞬前の記憶が、昨晩のものではなかったから。
「巻き戻ったのね」
また、この日に戻ってきてしまったのだな、と理解した。また、この日からの繰り返しが始まってしまったのだなと理解した。
つまり、私はまた死んだのだ。
何度も経験している日々に、今一度戻ってきてしまったのだ。
誰に殺されているのかはわからない。
なんのために殺されているのかもわからない。
自分の死の間際の記憶はひどいノイズだらけで、肝心なことは何ひとつ覚えていないのだから。
ひとつわかっていることは、私は何者かの手によって殺されて、必ずこの日に戻ってきてしまうということ。
ため息をひとつ吐いて部屋を見渡す。いつもと変わらない部屋がそこにあった。半分ほど開いたカーテンの隙間から朝日が差していて、その光と闇のコントラストが目に優しくなかった。
枕元にあった指輪を右手に嵌めて、日の光にかざしてみた。嵌まっている濃緑色の石が、深い海の底みたいな青緑色に輝いた。
これは、亡き母が私に残してくれたたったひとつの形見だ。母から受け継いだものは、この指輪しかない。母さんは、もうこの世界にはいないけれど、母と過ごした日々の記憶も、すでに薄れてきてはいるけれど、私は確かに母さんに愛されていた。母さんとの思い出は、いくつも私の中に息づいている。
死に戻るたびに、この指輪を見て勇気をもらっている。
もう一度母さんに会いたい。
会いたいけれど、私はまだ死ぬわけにはいかないのだ。
ベッドから抜け出して、窓辺に歩み寄る。カーテンの隙間から外を覗けば、まだ空は薄暗く、日が昇り始めたばかりのようだった。
窓を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。しかし、寒すぎるということもなく、暑くも寒くもないちょうどいい気温だ。
私の名前はレイチェル・サリス。
賢者の街エルストリンにある。エルストリン・カレッジに通っている魔法使い見習いだ。
私は、この年の春から夏までの期間を、すでに三度体験している。今回が、四度目だ。
「おはようございます、お嬢様」
「……おはよう、ルーチェ」
カーテンを開いたタイミングで、背中から声を掛けられる。声の主は使用人のルーチェだ。メイド服を着ていて、トレードマークである長いストレートヘアを背中に垂らしている。
「お嬢様。忘れることなく指輪を……」
「はいはい、わかっているから。この指輪は母さんの魂だからね。忘れたりなんかしないよ」
「失礼しました。お忘れでなければ、良いのですが」
ルーチェは、私が目覚めるたびに、母の形見の指輪を忘れずに付けろと口ずっぱく言う。すっかり耳にたこができてしまった。おかげで、目覚めと同時に指輪を嵌めるのがルーチンになってしまった。
「お食事の準備ができておりますが……どうなさいますか?」
「ん……食べるわ」
「かしこまりました」
「ねえ、ルーチェ」
「はい?」
「今日は何日だったかしら」
またおかしなことを聞く。そういった表情を浮かべてルーチェが首をかしげる。
「えっと……四月の三十日ですね」
ルーチェは律儀に答えてくれる。予想通りだったことに軽く落胆してしまう。
「お嬢様?」
「……なんでもないわ。着替えたら行くから、食事の準備だけしておいてもらえるかしら」
「かしこまりました」
一礼して去っていくルーチェを見送ると、私はまたひとつため息を吐く。このあとの展開がどうなるかは知っているから。もう何度も経験している。
春から夏まで、とさっきそう言った。だが正しくは、夏の始まりまでと言ったほうがいいかもしれない。
私の命日は、六月の一日なのだ。その日、私は死ぬ。
どうして死ぬのか、わからないまま。
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