第一話 「突然な」
今日は妹と買い物に来た。屋台がずらっと並び、人々が賑やかに商品を見ている。
「えーと...八百屋さんとお肉屋さんと....あっ、果物も何か買っちゃう?たまには」
「そうだな...買っちゃうか」
家族は俺と妹のたった二人だけ。父は俺が生まれる前に、母は妹が生まれてすぐ亡くなった。妹は母がどういった人だったかはあまり覚えてないという。
とはいえ、俺たちは今の生活に満足している。俺が働きに出て、妹が家の家事を行う。
たまに、喧嘩もするし、考えが合わない時もある。それでもお互いに信頼しあっている。
そんな唯一の家族である妹を俺はずっと守っていきたい。
買い物を終えると帰路についた。空は夕暮れを告げている。我が家は町の離れにあり、そのため着くまでに少し時間がかかる。が、苦ではない。帰宅途中、妹と会話をするのは楽しいものだ。
「今日はお安く買えたね!」
「そりゃそうだ、こんなに可愛い妹が買うんだ。値引きしてくれるのが当たり前だろう」
「お兄ちゃん明日もお休みだよね?明日は王都まで行ってみない?」
俺たちの住んでいる町は「ハリス王国」の領土の一つだ。この町からは比較的王都への道が整備されており、1時間も歩けば王都に着く。
「ああいいな、王都でなんか美味しいものでも食べるか」
「本当に?!やったー!!あ、でも物価が高いからあんまり高価なお店には入らないようにしないと」
「大丈夫、高いといってもあんまりこの町と変わらないじゃないか」
そんな話をしているとふいに目の前に影ができる。顔をあげると、ゴツくマッスルな男二人がこちらを見て笑っていた。げっへっへと言わんばかりに...。俺は妹の進行を手で遮り、一歩前に出た。
「えっと...なにかご用でしょうか?」
「お前がロドルフ・アンベルガーで、そっちのがジル・アンベルガーか」
「へぇ思っていたよりも可愛いなぁ、へへ」
「アンタら、なんなんですか」
「どけ、ガキ。俺らの目的はそこの嬢ちゃんだ」
「おいアンタら妹にさわ」
一人の男が懐から一本のナイフを取り出した。その刃が妹へ向かう。
は?
俺はすぐさま妹の前に飛び出す。そして妹に突き刺そうとしたナイフが右腕に突き刺さる。
「逃げろジル!!」
驚いた妹は数歩後ろに下がったが、足が動かないのかその場に座り込んでしまった。
「てめぇ、ガキ。おめえも殺してやる!」
男は拳を振り上げる。俺は防御もできず顔にもろにくらった。その場に倒れこみ、男は俺を蹴り上げる。
「お兄ちゃん!!!や、やめてください!!お願いします!助けてくださ」
「黙れ!!」
バシィン!!
声を張り上げた妹をもう一人の男が平手打ちをする。
「お前を殺すのが俺たちの目的だ。」
男はもはや蹴るサンドバッグとなっていた俺の腕からナイフを抜き取り、妹に刃を向ける。俺は額から汗をかき、腕から血が流れる。激痛は不思議と感じない。
半泣きで顔がぐしゃぐしゃになっている俺なんて待ってくれるはずもなく、男は妹ににじり寄る。
「う”う”ぅぅぅ...」
くそっ!くそっ!畜生、畜生ッ....!!嫌だッ!なんで急にこんなっ...やめろ!俺の妹にナイフを突きつけるな!!!
「ガァァァァァァァァァァァァァ”!!!」
俺はもがき、左腕をガバッと妹のいる方へ伸ばす。もうどうにもならないというのに...
と思っていた次の瞬間、左手から勢いよく黒い液体が噴射された。液体はナイフを振りかざそうとした男を横からなぐり、吹き飛ばした。
ズドォォォン!!!
吹き飛んだ男は地面に打たれ、そのまま気絶。
俺を蹴っていた男はその光景を見て唖然としていたがすぐ我に返り、馬乗りになり俺の顔めがけてパンチを繰り出す。
とっさに左腕で顔をガードすると腕の表面が黒い液体になり、男のパンチの衝撃を吸収した。
な、なんなんだこの液体は...!
「ちっ、くそっ!」
男は飛びのき、ジルの方へと走った。そして地面に落ちているナイフを手に取り、怯えるジルの喉元に添えた。
「こ、こっちへ来るな!そこから一歩でも動いたらこいつを殺す!!」
「くっ...」
くそ...どうすればいい...
男はジルを盾にしつつ、後ずさりをする。
このままだとジルを連れて逃げられる。そしたら次こそ本当にジルが死んでしまうかもしれない。
唇が震える。さっきから心臓の鼓動が加速している。また手を伸ばしたら液体でナイフをはじけるだろうか。一か八かやれるだろうか。でもそれで妹にまで被害が及んだら?衝撃でナイフが刺さってしまうかもしれない。
「ハァ............ハァ........」
視界がぼやけてきた。
さっき突き刺された右腕からダラダラと血が流れている。
地面は赤黒く染まり始めている。
アドレナリンが分泌されて出血していた血の量に気づかなかった。
瞼が重くなり、全身が一気にだるくなっていく。
「......あぁ...ジル..............ジ......ル.........」
(瞼が完全に閉じる瞬間、ジルと男の背後に誰かが現れた気がした。)