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5.本当の終わり

執事長のジェームズがリリーに深々と頭を下げた頃には、元いた使用人は片手で数えられる頃になっていた。


残りの使用人達はファインズ家と関係のある貴族の関係者のみだ。彼等を罰してしまえば今後のファインズ家の立場も弱くなってしまう。

「今まで本当に申し訳ございませんでした。自分の首を差し出します。ですから、これでお怒りを収めてください」

土下座せんばかりに悲壮な声で頼むジェームズに、リリーはため息をつきながら答える。


「あなたの首になんの価値が?」


そう言われては、もう何も言えない。けれど、自分に出来ることは頭を下げることだけだ。

ジェームズはそのまま体勢を変えずに、涙声で続けた。

「お願いいたします。クリス様が戻られるまでファインズ家を守りたいのです。後生ですから・・・・・・」

年齢を重ねていたが、クリスを守る使命感から年若く見えていた執事長だが、今では年相応かそれ以上に見えた。


だが、リリーにはその痛ましさは届かない。それに同情するほどの彼に対する情は一つもなかった。


「勘違いしているようですが、ファインズ家の威厳を傷つけたのはあなた自身ですよ。主人をないがしろにする使用人を統率していたのはあなた。使用人が全員そんな態度をとる侯爵家など、我が国の歴史でファインズ家だけでしょう。わるい意味で歴史に名を刻んでしまいましたね」

その言葉で、ジェームズの目から涙がこぼれ落ちた。


「・・・・・・せめて、最後にクリスに挨拶をしたいでしょう?あなたの処分は彼が戻ってからにしましょうか」

リリーは、それ以上はジェームズの言葉を聞かずに部屋から追い出した。

もうジェームズは自分の沙汰を待つしかなかった。彼が何かをするには、すでに見知った使用人の数が少なすぎた。

異変に気づくのがおそくなったのは、リリーに対して負い目があったのと、やはり少し見くびっていたのだろう。

だが、もう遅い。


それから数日後、ようやくクリスが戻ってきたというわけだ。すでに『リリー』の家となったファインズ家に。



「以上があらましです」

リリーが語った内容を許容出来ず、クリスは近くの椅子にへたり込んだ。


「では、去っていった使用人たちは・・・・・・」

「牢に入って、私に対する罪を償っています。今いる者達もじきに行くでしょう。・・・・・・もしかしたら、メイド長や執事長は処刑になるかもしれませんね?」

「なんてことを!」

激昂したクリスが大声をあげるが、やはりリリーは動じない。


「何を怒っているんです?私はこの国の法律に則っただけです。・・・・・・それに、一応少しは温情を与えているんですよ。本来の罰を一つ減らしてあげているんです。でも、それが不服ならその罪を戻したほうがいいでしょうか」


クリスは真っ青になりながら首を振った。

「やめてください・・・・・・お願いです」

「そう言うと思いました。では、使用人全員の残り一つの罪はあなたにお返しいたします」

「え・・・・・・?」


「あなたは私の時は静観し続けた。だから今回も同じように見ていればいい。・・・・・・でも、ファインズ家の当主としての責任をとる気があるのなら、使用人の罪を背負ってもらいましょうか。私が受けた苦痛の時間と同じ期間、罪を償ってください」


クリスは項垂れながら問うた。

「・・・・・・具体的には何を?」


「使用人たちから免除した罰を、1日一つ受けてもらいます。食事を抜く、腐ったものを出される、陰口をささやかれる、ドレスを汚される、社交の場で1人で放って置かれる」


彼女から語られるものは、自分で知っているものもあれば、知らなかったものもあった。


「ですが、それをあなたにするのは犯罪です。私は、自分が雇用した使用人達を犯罪者にする気はありません」

あなたと違って、という言葉は敢えて言わなかった。

「私も、腐ったものを出すような酷い行為も、陰口を言うのもしたくない。・・・・・・ですから、ご自分で行ってください。おすすめは食事を抜くです。経験から、心身のダメージが一番少なかったので」


震えるクリスに、リリーは囁いた。


「あなたが合格できるか見守っていますね」






トマスは食料を運ぶ度に、侯爵家の雰囲気が変わっていくのを感じた。

ずっと同じ顔ぶれで使用人を含めて一つの家族のようだったが、新しい顔が増えてきたことで良い意味でドライな関係になっていったと思う。

効率や損益を考えて、今までなれ合いでつきあっていた業者を入れ替えたりもあった。幸い、トマスの店から仕入れる食料は質も良く、旬の物を安く提供していることが評価されて取引続行となり、胸をなで下ろしたものだ。

ファインズ家の空気。今までは若いクリスを守るように強固な連帯感で繋がれていた。けれど、今では給料分、契約分だけを働き、それ以上は干渉しないようになっていた。そういった空気の貴族の家は珍しくないので、逆に、今までが異質過ぎたのかも知れない。


その中で、1人当主のクリスだけが浮いていた。遠目からしか見たことはないが、以前に比べて所在なさそうに暮らしている。

まるで、別の家族に貰われてきた子供のようだった。

トマスはどんどん変わっていく侯爵家に比例して、侯爵夫人が穏やかな顔になっていったのも気がついていた。


子猫が大きくなった頃、二人で話す機会があった。

彼女は開口一番、トマスにお礼をした。

「ありがとう。あなたのおかげで二つの地獄から抜け出すことが出来た」

「二つの地獄?」

「ゴミのように扱われる地獄と、寛容を押しつけられた地獄」

「・・・・・・詳しく聞かないでおきますね」


貴族の話に首を突っ込んでいいことはない。リリーは無言でほほえみ、そして一冊の本を取りだした。


「この本が役に立ちました。私の心を守ってくれました。・・・・・・許そうと思っていた。彼等がしたことはしょうがないのだと思っていた。でも、だめだった。だって受けた心の傷を無視することは出来なかったんだもの」

本は読み込まれ、すり切れて、たくさんのしおりが挟まっていた。おそらく彼女にとって重要なことがかかれているのだろう。記憶が正しければ、しおりが多く挟まっている付近の内容は刑罰に関するものだ。

リリーは本をいとおしそうにさわりながら言う。

「罪を許そうと思った一方で、毎晩ベッドの中で彼らの罪を調べ上げていた」

ふっとリリーは笑って続けた。

「私、執念深い女だったんです」

最近気がつきました、と穏やかに言った。


そこからはリリーと直接話すことはなかった。ここから先の話は、トマスが平民レベルで聞けた噂の話だ。

牢に次々と送り込まれてくるファインズ家の使用人達を異常に思ったのか、王族が介入したらしい。

ファインズ家で侯爵夫人がないがしろにされていたことが明るみになり、夫であるクリスの評価は大きく落ちた。

社交界に出ても遠巻きにされて、誰もよってこなかった。かつてのリリーのように。

そして、彼はリリーとの約束通り自分から食事を抜いていたため、健康状態もだんだんと悪くなっていった。

青白い顔をしたクリスと、常に笑顔を絶やさないリリー。二人の姿は社交界の話題の種だった。


そんな生活から半年、クリスが音を上げた。

もう耐えられない。何でもするから許してほしいと。


リリーはそれにうなずいた。正直、この辺が限界だと思ったからだ。

これ以上この状況を続ければ、リリーに対する非難の声が上がるだろう。貴族は男社会でもある。侯爵家の当主が社交界でないがしろにされている状況は、一部から懸念の声が上がっていた。

このまま復讐を続けて、クリスともども朽ちることも考えたが、膝の上にのってすやすやと寝る暖かい存在がそれを思いとどまらせた。この子と穏やかに暮らす方がずっと幸せだ。


リリーはクリスと離縁して、慰謝料をたんまりともらった。

使用人たちから集めた、罪を書き連ねた書面が、彼女が離縁するのもやむなしとなった。王族もファインズ家の現状に頭を悩ませていたので、時間がかかる貴族の離婚を異例のスピードで処理させた。


リリーに渡された慰謝料は旧ハーマン家の領土と、ファインズ家の資産の3分の2。


そこから先は彼女の噂一つ聞かなかった。

けれど、ファインズ家とクリスの話はよく聞こえてきた。

非常に不本意な使われ方で。


今では牢屋のことを『ファインズ家』と揶揄して呼ぶようになり、ダメな夫の代名詞として『クリスのようにならないで』と妻がため息をつきながら夫を諌める言葉となった。


貴族は自分の家の名前を何より大事にする。

クリスは『ファインズ』と自分の名前に泥を塗った。

貴族は他の貴族のゴシップが大好きだし、平民は貴族の転落が大好きだ。

人々が笑い尽くして飽きるまで、名誉は回復することはない。

これ以上の報復はないだろう。




そこからは、トマスしか知らない話。

処分が決まった途端、リリーは猫ととともに去っていった。領主としての仕事は代行者に任せ、両親と暮らしていた暖かな思い出が詰まった家に戻っていった。

そこで、リリーの名を捨てて、新しい名前で幸せに暮らしている。


トマスは時折、パンと旬のフルーツを持って、彼女の元に猫同士遊ばせに行っている。そして、彼女の作ったジャムを一緒に食べて近況を語り合うのだ。


次に行った時は、最近平民の間で流行っている話を教えてあげよう。

娘を持つ母親が言い聞かせている教訓話だ。

『勉強して、知識を身につけて、自分を守り抜いたリリーという女の子の話』を。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 最近、主人公がひたすら被害を受け続けて読者のヘイトを溜めた割に、ざまぁが全くない、または主人公の意味不明な優しさで軽すぎるざまぁしかない作品が多くて不満があったけど、この作品は徹底的に主人…
[一言] これ穿った見方すれば、ファインズ家からしたら結局、ハーマン家の者にしてやられただけとも言えますね。 代々、ハーマン家に苦渋嘗めさせられ、王命で結婚したら、その娘は身代わりの偽者。 まあその娘…
[一言] リリー、百合の持っているイメージを思うと、力を蓄えて平和な暮らしをする最後は非常に妥当に思えます。百合は美しい花を咲かせますが種はどこにでも落ちて芽吹く強い植物ですし、球根は一種の毒…刺激が…
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