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2.リリーから見た物語

彼女は『リリー・ハーマン』になってから不幸の連続だった。


ハーマン家には二人の息子がいた。兄は家を継ぐために育てられ、弟は兄を補佐するために育てられた。


けれど、弟は物心付いた時に、平民の娘と恋に落ちてしまう。


当然親には納得されず、すぐにでも家格が合う同世代の令嬢と婚約をと勧められていたが、結局弟は平民の娘と駆け落ち同然で出て行ってしまう。


最終的に両親はあきらめ、傍系貴族へ養子とすることで地続きの縁を切った。

表向きには相続する子供がいない家への救済とされているが、本家から傍系に下げ渡されるような養子縁組みをいぶかしむ貴族も多かった。

それを隠すように、ハーマン家は社交の場で派手に振る舞い、ゴシップの的になっていた。

後を継いだ兄の元に娘が生まれ、リリーと名付けられたその子は物心ついたころには派手な生活になっていたため、本人の気質もあるのか蝶を自称し、美しく派手なドレスを着て、男たちの間を飛び回っていた。


そこに、ファインズ家との縁談が王族より持ち込まれる。

末娘のリリーを差し出せというのだ。

子宝に恵まれず、ハーマン家には一人娘しかいなかった。将来的には婿をとる予定だったが、ここでファインズ家に差し出しては家督を譲る者がいなくなってしまう。

さらにいえば、宝石のように育てた娘を取られてなるものかと思っていた当主に、さらなる訃報が舞い込んでくる。


縁を切った弟が亡くなったのだという。


乗っていた馬車が事故にあい、弟と配偶者は即死。子供は奇跡的に生きていた。

ハーマン家の当主となった兄は長らく交流を持っていなかったが、墓くらいは用意してやろうと手続きもかねて弟の娘に会いに行き驚いた。


リリーにそっくりだったのだ。

おまけに名前は同じリリー。それは母親が兄弟に毎日読み聞かせをしていた物語の心優しく美しいお姫様の名前だった。どんな苦境でも笑って過ごし、悪意をぶつけられても広い心で許す。

幼いながらに、過酷な貴族社会へ一歩踏み出そうとしていた兄弟には憧れの存在だった。

その名前を娘に付けていたのは、必然だったのかも知れない。


だから、神からの天啓ではないかと思った。


当主は考えた。

この子を養子にして、すげ替えればいいのだと。


そこから『新しいリリー』は怪我の治療もそこそこに必要な貴族教育を受けさせられる。その合間にハーマン家の家族からないがしろにされ、平民の母を持つことで使用人たちから蔑まれるなど地獄の日々が始まった。


けれど、彼女の反応は鈍かった。

両親が急にいなくなり、心が傷つききっている時にこの扱いだ。自分の痛みに鈍感になっていた。

ようやく自分の状況を受け入れた頃には、自尊心は根こそぎ奪われた。


しかたない。しょうがない。私はそういう存在なのだから。


あきらめの上に、しつけられた穏やかな笑顔。

そうして『リリー・ハーマン』は作られた。


すっかり洗脳され、機械のように従順になった彼女はクリスとの結婚式を迎える。

ここでの生活も前とは代わらなかった。怪我をしていない状態な分、少しは楽になったのかもしれない。もしかしたら新しい家族ができるのかもと期待して、血縁者に裏切られる心の痛みもない。


しょうがないのかな、と思えた。


彼等にとって、自分は宿敵の家の娘。

本当のリリーの放蕩生活は国中に知れ渡っていたから、ファインズ家の苦しい生活の元凶と見なす使用人もいた。

クリスに関しても、夫という存在とは遠い態度や言動をしていたが、それもしかたがないと思えた。


彼には、本物のリリーが言い寄ったことがあったらしい。

仮面舞踏会ではあったが、リリーは本人とわかる程度のものしかつけていなかった。だが、碌に話しもせずにクリスは彼女を袖にして立ち去ってしまう。


リリーは憤慨し、クリスについていろんな噂を流した。不能だとか、男色だとか。


クリスはことあるごとに嫁いできたリリーに言った。

「初夜?私は不能なのはあなたがわかっているでしょう?」


「お茶?これから乗馬に行くのです。男の友人ですが、恋人ではありませんよ。あなたにはそう見えているかもしれませんが」


ハーマン家から離れ、ほんの少し洗脳が解けてきたが、わずかに正常になった脳と心にはすぐにクリスや使用人たちからの冷たい視線で受けた新しい傷で埋められてしまう。


ここでいっそ自分は養子だと暴露出来ればよかったが、ハーマン家当主に脅されていたのだ。

彼女の両親の遺体を墓に入れて安らかに眠らせておきたいのなら、決して秘密をもらすなと。

もし暴露すれば、遺体は犬に食わせるか、汚物処理場に放り投げてやると。


彼女はそれだけは避けたかった。いつも穏やかで日溜まりの中で笑っていた二人を、せめて花咲き乱れる丘の墓地に眠らせてあげたかった。




だが、失望の中にも、時に希望の花が咲くことがある。それは一匹の猫が運んできてくれた。


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