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灰燼

作者: もはらも

 何にも染まらない色が好きだ。グレーと黒。光で言うなら白。

 他のことなんか気にしないで、まっすぐ前を見ている。それを側で見ていられることが一番幸せだ。


 私はその理想を叶えられる人を探していた。こちらの気持ちは理解してもらわなくていい。その必要はない。ただ愚直に己の道を進む人を求めていた。


 私のことを少し話す。とはいえ、どこにでもいる普通の女子大生だけど。これまで受験も何もかも特別努力なんてしてこなかったし、エスカレーター式に、普通とされている人生を生きていくのだと思っていた。毎日が退屈で、刺激の弱いものだった。このまま歳をとって死んでいくのは少し嫌だなぁと思っていた時。


 ついに見つけたのだ……運命の人というものを!


 運命、私はずっと信じていた。ソウルメイトという言葉を聞いたことはあるだろうか?魂が共鳴するくらいなにもかもが自分と合う人のことだ。

 彼との出会いはSNSだった。実際に会う必要が無かった。だって直感がそう言った。性格も、境遇も、家族構成も……彼は私のこうあれたら良かったを体現した理想の人間だった。


 最初は遠巻きに見ているだけで幸せだった。けれど、もっと近付きたくて話しかけた。


 「私とお友達になってください」


 その人は美術科の大学に通っていて、絵を描いている。絵描きだなんてロマンのかたまりだ。絵の良し悪しは浅学な私にはわからないけれど、彼の描く風景画は心が安らぐものだった。

 私は彼が欲しいと言っていた画材を買ってプレゼントしたり、学生個展に通って感想をSNSにあげたり、活動自体には介入しないようにサポートをしていた。だって、手の内で囲って見ていたいだけだから。

 彼はサポートについて、とても喜んでくれた。なにかお礼がしたいと言われたけれど、気にしなくていいと断った。決して見返りが欲しい訳ではなかったから。


 一度だけ彼と会ったことがある。どうしても講義の課題で必要だからと言われて絵のモデルになった。彼が人物画を描くことは一度もないことだった。

 柔らかく、実物よりもとても綺麗に描かれていたので少し照れ臭かった。

 「ありがとう。でもこんなに綺麗じゃないよ」

 「僕にはこう見えたんだ。だからいいんだよ」

 彼も照れていた。そんな顔をするんだってどきどきした。



 思えば、その時からだった。おかしなことが起き始めたのは。


 あなたはそんなふうに笑う人じゃなかった。楽しそうになんてしないで。

 誰かのことばかり話す人じゃなかった。誰にも興味がなかったでしょう。

 贈り物をする人じゃなかった。物に執着なんて無かったくせに。

 好きなんて言う人じゃなかった。感情を伝えることすらもどかしかったのに。


 彼は変わってしまった。そのままで美しかったのに。

 気持ち悪い。彼への羨望は黒い感情に塗り潰されていく。

 なぜ、こちらに興味を持つの?

 なぜ、今まで通りに接してくれないの?

 なぜ、夢を追うことをやめてしまったの?

 気持ち悪いね。


 何にも縛られないあなたが好きだった。だからさよならした。


 向こうからしたら、勝手に近付いて来たくせに、突然別れを切り出されて、驚き以外無かっただろう。

 LINEの未読通知が溜まっていく。ブロックは出来なかった。それは僅かな期待だった。思い直してくれたなら、前みたいに戻れるかもなんて甘い見通しだった。


 運命なんてなかったんだ。

 全ては私の思い込みに過ぎなくて、あなたは初めての感情に任せて、私のことを勘違いして買い被っただけ。

 そして、そんな簡単なことにも気付かず、浮かれて受け入れた自分にも嫌気がさした。


 貰った人物画を眺める。醜い欲で塗りたくられたキャンバス。こんなものを彼の名前で残してはいけない。

 全て、燃やしてしまおう。


 彼との思い出が残る部屋中に、灯油を撒いてライターを放る。こんな死に方も悪くはないかな。

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