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彼女の家の猫になりたい

作者: らり

 メッセージが既読にならないぐらいで、何を不安になっているんだろうと、自分で自分が嫌になるような気がした。


 恋人は可愛くて、頑張り屋で、優しくて、でも何故か、自分のことになると不思議なほどに自信がなくなってしまう。僕は「大好き」だとか「可愛い」だとか、そんなふうにメッセージを送るのだけど、イマイチ伝わってないような気がする。


 よっぽど僕のほうが頑張ってなんか無いのに。人生も、生活も、何もかも。


 でも、結局のところ自信がないのは僕の方かもしれない。毎日送っていたはずの「おやすみ」が既読にならないぐらいで不安になってる僕だって、結局恋人と一緒だ。寝ちゃってるだけかもしれないのに。


 いつ僕のことが嫌になるのかなって、すん、と不安になる。新幹線に乗っても3時間ほどかかるほどの距離で、テキスト上でのやり取りだけで「大好きだよ」って送っている自分が空虚に思えてくる。きっとちゃんと伝えられていないのかもしれない。伝わっていない、そう思うとさみしくなった。


 好きだって言ったのは、どちらともなくだったと思う。でも好きになったのは、向こうのほうが早かったらしい。好きになってくれてうれしかった。でも引け目を感じているみたいで、毎日「大好きだよ」と送る僕に「義務で好きにならなくていいんだからね」と言った。彼女は優しかった。でも僕は本当に好きだった。だからそれが、辛かった。


 彼女の愚痴とか、こわいこととか、思ってることとか、そんなものはスマートフォンのテキストにはのらない。感情とは実はどうやら所作だとか声色とか、雰囲気とか居場所とかに現れるようで、彼女の泣き言を知らない。あの子だって人間だ、絶対にそんなのを持っている。だけど携帯を通して文字コードにされて送られるバイナリデータは、そんなのを送ってなんかはくれない。


 せめて電話だけでも、と思って明日か明後日の予定を聞いてみたけれど、迫っている大きな試験があるらしき彼女は、どうしても時間がとれない、と断られてしまった。来週ならいいよ、と。気が利かない、気づけない彼氏でごめんなさい、と自分で自分が嫌になる。本当にバカだ。「そうだよね、わかった、ありがとう」と返すのがやっとだった。


 一緒にいなきゃ、わからないことしかない。


 一緒にいなきゃ、できないことしかない。


 遠距離は辛いことがわかった。まだ手すら繋げてないし、恋人っぽいことなんて出来てない。恋人が一緒にいるなんて、どうせエッチなことしちゃうためでしょとか、そんなふうに思っていた独りの時代の自分が懐かしい。そうじゃない。そうじゃないんだ。そりゃちょっとはそりゃそういうこともあるかもだけど。でもほとんどは違う。一緒にいなきゃ、ちゃんと近くにいなきゃ分かんないことがあったんだ。


 彼女の家の猫になりたい。独り言のようにごちる今日嫌だったこととか、後ろ背からわかるさみしいとかいう気持ちとか、ベッドから聞こえる寝息とか、かがんだ時にふと香る髪の匂いとか、そんなのを全部感じながら、彼女の横に寄り添いたい。変に肩肘張らずに全部教えてほしいし、ネコみたいにくっついてたい。


 「どうせキミは人間の言葉なんて分かってないんでしょ」って言われながら、「分かっていないなら話してもいいよね」なんて思われながら、今日キミにあったこと全部、全部、ぜんぶ知りたい。


 彼女の家の、猫になりたい。


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