後編
あれから時は流れ、私は神殿内の最高権力者となっていた。
そんな私の仕事は、来たるべき日に備えて魔王と戦うための鍛錬と、罪人に赦しを与えることだった。
人は未熟な生き物だ。
それゆえに罪を犯す。
生前、女神は己の罪を悔いている者たちに、慈悲を与えてその罪を赦したとされている。
私がやっていることは、そんな女神の真似事だ。
子どもを手にかけた父親の懺悔。
獣欲に駆られて女を犯した暴漢の懺悔。
不正を働いた神官の懺悔。
そして私に石を投げていた者たちの懺悔。
そんな罪人たちの懺悔を聞いた後、私が「赦します」という口上を述べるだけで全ての罪は赦された。
私は聖女になって、人の罪は反省の意志さえあれば、赦されるということを知る。
ちなみに私の故郷は、今や聖女を輩出したことで聖地となっている。
そのおかげで巡礼者が多く訪れ、村は活気に満ち溢れるようになった。
つまり、私を虐めていた村人たちは、私のおかげで裕福な暮らしができているというわけだ。
そしてあれだけ私のことを蔑ろにしてきた両親は、『女神の親』として独自の地位を築いている。
両親の発言力は、もはや一国の王と同等と言っても過言ではないだろう。
そんな両親は、とある演説の席でこう言った。
――女神が優しい聖女に育ったのは、私たちの教育の賜物だ、と。
そしてあの性悪な妹は、笑ってしまうことに『女神の妹』として神の片割れ扱いを受けているという。
あれだけ私に嫌がらせをしていたくせに、今では私の妹になれたことを誇りに思うと宣っている。
加えて、外見も美しいと評判で、名家との縁談が後を絶たないらしい。
私の関係者の中で、一番の勝ち組は間違いなく妹だ。
みんな、みんな順風満帆。
こういう時、女神なら、素直に人々の幸せを祝福できたのかもしれない。
けれど私にはそれができなかった。
何故なら私は女神の生まれ変わりではあっても、女神ではないからだ。
今の私は聖女――つまり、一人の人間の女だ。
女神の持っていた人間に対する慈悲の気持ちなんてない。
そんなの、記憶と共にとうの昔に捨て去っているのだ。
なのに、誰もそのことに気づかない。
いつまでも、いつまでも、人々は私のことを慈愛に満ち溢れた女神の生まれ変わりだと信じ込んでいるのだ。
そして私がそんな優しい女神を演じて功績を挙げれば挙げるほど、故郷の村は潤い、私をいじめていたやつらは良い暮らしをするというわけだ。
……怒りで頭が狂いそうだ。
だから私はそれを少しだけ吐き出すことにした。
――赦さない!
私に石を投げたあのクソガキどもと、見て見ぬふりをして容認してきたその他大勢の大人たち。
そいつらが、人並み以上の幸せを築いていることがッ!!
次はお前らが石を投げつけられる番だ。
みんな、みんな、苦しみながら死ねッ!!
――赦さない!
何も私に与えなかった両親が、善人面している姿がッ!!
聖女が優しく育ったのは、自分たちの教育の賜物……?
あんたたちが私に教えたのは、私の容姿が醜いということだけのくせにッ……!
……だから決めたわ。
両親の教育によって私がどんな娘に育ったのかを、世の人々に正しく知ってもらうことを……!
――赦さない!
私の評判を不当に下げ、私を間接的に虐めてきた妹が、私の功績で誰よりも幸せになろうとしていることがッ!!
そういえば、あんたはいつも私を悪者にして、優位な立場から正論を言っていたわね。
だから一度くらいは、経験しても良いんじゃないかしら?
世界から拒絶される弱者の苦しみを。
そしてどんなに真実を述べても、信じてもらえない苦しみを。
少しは、その身で味わえッ!!
……。
……ふぅ。
思いを吐き出したら、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。
今は我慢の時だ。
もうすぐ魔王がこの世に復活する。
その時こそが、最高の復讐のタイミングだ。
もちろん、復讐をすることに対しての罪悪感はある。
なにせこれから罪のない人たちを多く巻き込むのだ。
そのことを想像すると、時折、胸が苦しくなる。
だから全てが終わったら、私は懺悔でもしようと思っている。
それにしても、神様が人間に優しくて本当に良かった。
もしそのことを知らなかったら、私は罪悪感で復讐を途中で諦めていただろうから――
◆
私は聖女の双子の妹である。
つまり女神の血縁者であり、顔の造形だけは姉と私は良く似た特徴を持っている。
昔はそれがコンプレックスだった。
だって、顔にあんな醜いアザを持っている姉と姉妹だなんて思われたくないでしょ?
だから私は姉に対して様々な嫌がらせをしたわ。
まぁ元々顔にアザがあって、気味悪がられていた姉である。
ちょっと変な噂を立てただけで、みんなは面白いくらい簡単にそれに食いつき、私の話を信じた。
ちなみに姉の顔に触るとアザが移るという噂を流したのはこの私だ。
まさか回り回って両親の耳に入り、そして両親まで姉に触る度に手を清めるようになるとは思わなかったけどね。
あれは、今でも思い出すだけで笑いが込み上げてくる。
まぁそんな姉が聖女であると知った時は、正直驚いたけど、そのおかげで私は色々と良い思いをすることができた。
今ではこの村は聖地となり、私と両親はそんな聖女の親族として多くの人たちから崇拝されている。
村のみんなも、両親も、そして私も、今では姉にとても感謝していた。
……だけどそんな生活は、一瞬にして地獄へと変わることになる。
何故なら、姉は人間を見捨て、魔王側に寝返ったからだ。
そして守るべきはずの人間を笑いながら惨殺し始めたという。
その知らせを聞いた私は混乱した。
いったい、どうなっているの……!?
姉は女神の生まれ変わりのはず!?
女神はいつだって、人間の味方をしてくれる存在だ。
しかも人がどんな罪を犯しても、女神はそれを赦してくれる広い心を持っていたと言われている。
たしかに、私たちは姉に恨まれることをしたかもしれない。
けれど聖女になってからの姉は、正に女神のように慈悲深かったと聞いている。
実際、姉を虐めていたことを後悔して懺悔をしに行った者たちもいたが、姉に「昔のことですし、もう怒っておりません。反省しているのなら赦します」と言われて安堵していた。
だから昔のことはもう気にしていないものだと思っていたが、もはや思い当たる節はそれしかない。
そしてその知らせを耳にすると同時に、私はたくさんの人に囲まれた。
それはこの国の兵士たちだった。
その中には姉に家族や友人を殺された者もいるらしく、幾人かの瞳はその恨みで血走っているのがわかる。
今や聖女は魔王の部下で、たくさんの人々を殺した罪人だ。
そして私はそんな聖女によく似た特徴を持つ双子の妹。
現在、姉の行方はわかっていない。
人々の怒りの矛先が私と両親を含めた村の人たちに向かうのは、必然だった。
一人の男が、「答えろ!! 聖女はなぜ我々を襲った!?」と怒鳴った。
「知らない……! 本当に知らないのッ!!」
私は何度も何度も真実を唱え続けたが、「嘘をつくな!」とムチで打たれた。
仮に彼らが私の話を信じてくれて、拷問をやめてくれたとしても、私が聖女の双子の妹だということは有名だ。
民衆の怒りは、私に向かうだろう。
こうしてこの国の全ての民は、私の敵になったのだった。
もはや私に居場所なんてどこにもありはしなかった。
◆
時は聖女と魔王が手を組んだ時まで遡る。
「……まさか、このような結末を辿るとはな」
封印から目覚めた魔王は、聖女によって無惨に殺された人間たちの屍を見ながらそう呟いた。
魔王は女神が人間に憧れていたことを知っていた。
間違いを犯しながらも正しい道を模索しようとするその姿勢に、女神は光るものを見出したのだろう。
そんな女神が死ねば、次に生まれ変わる先として人間を選ぶのは必然だった。
だから魔王は女神の顔に、生まれ変わっても消えることのない醜いアザを与えて殺したのだ。
人間は醜いものを嫌う習性がある。
だから魔王は、人間に生まれ変わった女神をその容姿の醜さから間引くと考えていた。
そうすれば、封印が解けた際に、自分に歯向かう大きな脅威は一つ減ると考えて。
当然、そんな魔王の目論みを女神は知っていた。
それでも女神が人間に転生したのは、人間の善性に期待してのことだろう。
現に、こうして魔王の前に人間になった女神が現れたのだ。
封印されていた間の記憶を持たない魔王は、人が醜さを受け入れる心を手にしたのだと敵ながら敬意を抱いたが、それは一瞬にして消え去った。
聞けば人へと生まれ変わった女神の心は、人への敵対を選ぶほどまで黒く染まっているらしい。
そして自らの意志で魔王の配下になり、こうして何万人もの人々を殺めたのだ。
そんな人となった女神は、真剣な面持ちで魔王を見る。
「……魔王様。人間を完全に滅ぼすのは、もう少し後にしてもらえませんか?」
「今更、人への慈悲の気持ちでも芽生えたか?」
魔王の問いに、聖女はまさかと首を横に振った。
「私を虐げていた者たちは、今や私の功績で成功者となっております。しかし私の引き起こしたこの惨劇によって、彼らは人類の敵として怒りの矛先を向けられることになるでしょう。私は見届けたいのですよ。私を虐げていた者たちが、一体どのような悲惨な最期を遂げるのかを……」
そう言い、女神は醜い傷に相応しい歪んだ笑みで微笑んだ。
かつて人間を愛していた女神の姿はもうない。
いま魔王の目の前にいるのは、復讐に取り憑かれた哀れな人間だった。
以上、ざまぁ作品の習作でした。
普段の作者は、少女マンガ的な迷言を不定期に生み出している人です。
良かったら、お口直しにたくさんの愛を摂取してみませんか?