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前編

 この世には、何をしても愛されない人間と、何もしなくても愛される人間がいる。


 私は前者側の人間だ。


 私の顔には生まれつき爛れたような醜いアザがある。


 この国では生まれながらにそういうアザを持つ赤子は縁起が悪く、魔物として間引かれるのが一般的だ。


 なのに私は生かされてしまった。


 当然、そんな私に居場所なんてありはしない。


 友達からはいつも仲間はずれにされたし、魔物扱いをされて石を投げつけられたこともある。


 大人たちは、それを見て見ぬふり。


 みんな、みんな、私をぞんざいに扱う。


 それが私にとっての外の世界だった。


 じゃあ、そんな私を生んだ両親が、私のことを愛してくれていたかというと、残念ながらそうではなかった。


 私には、双子の妹がいる。


 同じ性別に、同じ顔。


 なのに、妹の顔には私のようなアザはなかった。


 それだけで可愛らしい容姿に様変わりだ。


 人当たりも良く、私とは対照的に誰からも愛されている。


 だからなのか、両親はそんな妹のことを溺愛していた。


 新しいオモチャ、綺麗な服、その服に似合う装飾品……そういったものを惜しげもなく妹にだけ与えたのだ。


 私に与えられるものは、そんな妹のお下がりだった。


 ……たまには、私も妹のように構ってもらいたい。


 そう思った私は、ある日、食事の席で両親に欲しいものをおねだりしてみることにした。


 けれどそんな私のお願いが鬱陶しかったのか、お父さんは「姉なら我慢しろ!」と不機嫌そうに言うだけだった。


 お父さんは怒るととても怖い。


 これ以上言ったら、間違いなく怒られる。


 普段の私なら、ここで大人しく引き下がったと思う。


 けれどその日は違った。


 溜まっていた鬱憤(うっぷん)が爆発し、私は尚もわがままを言い続けたのだ。


 するとお父さんは私の頬を引っ叩いた。


 そして、「こっちは、お前みたいな醜いガキを養ってやってるんだぞ! 気に食わないなら、とっととこの家から出て行け!!」と叫んだ。


 それを聞いた私は泣いた。


 怒られたことに対する恐怖や引っ叩かれた痛みならまだ耐えられたと思う。


 けれどお父さんは、私のことを醜いと言ったのだ。


 それは感情的になって、思わず漏れた言葉だったのかもしれない。


 けれどそれは口に出してはいけない言葉だ。


 親ならば、私を産んだのならば、そう思っていたとしても隠し通してほしかった。


 すかさず、お母さんが私たちの間に割って入った。


 だけどお母さんは優しい口調で私のワガママを咎めるだけで、お父さんが私の頬を打ったことや、醜いと言ったことに対してフォローは一切しなかった。


 たしかに私もワガママを言ったことは反省するべきなのかもしれないし、お父さんが怖くてお母さんが言い返せないのもなんとなくわかっている。


 だけど、それでもお母さんにはお父さんの言葉を否定して欲しかった。


 ……だって、もしお父さんに打たれたのが妹だったら、お母さんは身を挺して守ったはずだから。


「お姉ちゃん、ワガママ言わないの。私だって、欲しい物があってもそんな風に駄々を捏ねたことなんかないわ。我慢しなさい!」


 と、絶妙なタイミングで両親ウケの良い発言をする妹。


 欲しいものを欲しいと言わずして手に入れてきた妹には、きっと私の気持ちなどわかりはしないだろう。


 そんなやつなんかに、なんで偉そうにお説教されなきゃいけないんだ……!


 カッとなった私は、妹に掴みかかった。


 すると妹はにやりと一瞬だけ笑みを浮かべた後、わんわん泣き始めた。


 ……嵌められた。


 妹はこうして私を弄ぶ趣味の悪い遊びをする時がある。


 こうなれば、私は完全に悪者だ。


 今度はお母さんにも打たれ、遂にはお母さんに、「育て方を間違えた」と言われてしまう。


 その言葉を聞いて、私の中の何かが壊れた。


 お説教が終わった後、両親は外に出て行った。


 何をしに行ったのかはわかっている。


 私を叩いたその手を、清めに行ったのだ。


 みんな私のアザに触れた後は、汚いものに触れたように手を洗う。


 そのことを疑問に思った私は、「私に触るのは汚いことなの?」と聞いたことがあった。


 するとお母さんは、「あなたのアザが移るかもしれないから、こうしているだけよ。だけど、信じて。お父さんも、お母さんも、あなたのことを汚いなんて思ってないから」と言っていた。


 少し傷ついたけど、事情が事情だから仕方のないものなのだと今までは受け入れてきた。


 ……だけど、もう限界だ。


 私が生まれて10年、このアザが誰かに移ったことはない。


 なのに今もなお、こうしてお母さんたちは手を洗っている。


 それは私のことを汚いと思っている何よりの証拠だ。


 両親からもこんな扱いを受けるくらいだ。


 きっとこの世界に私のことを愛してくれる人なんていないのだろう。


 それ以来、私は他人に期待することの全てを諦め、塞ぎがちになった。


 私の幼少期はだいたいこんな感じだ。


 そのせいで、自分が生まれてこなければ良かったと思ったことは何度もある。


 きっと、私は妹を生んだ時に付いてきた捨てるに捨てられなかった付属品だったのだろう。


 曲がりなりにも妹と同じ顔をした私を間引いたりしたら、妹の顔を見るだけで罪悪感を抱くことになるはずだ。


 私はそんな両親の一時の気の迷いで仕方なく生かされ、仕方なく育られているのだと考えるようになった。


 そんな私に転機が訪れたのは、この村に神官がやってきた時のことだ。


 神官は、顔にアザのある少女を探して国中をかけ回っているそうで、風の噂でこの村にその特徴を持つ子どもがいることを知ったらしい。


 そして私の顔を見るなり、膝を折って頭を下げた。


 呆気に取られる私を他所に、神官は私をこの国の建国神話に登場する女神の生まれ変わりだと断言する。


 女神とは、人を愛し、人を守るために魔物の王――すなわち、魔王と戦った神のことだ。


 壮絶な戦いの末、女神は魔王を封印することに成功した。


 けれどそれは一時凌ぎにしか過ぎない。


 再び魔王は力を取り戻して、人間を襲う日が来るという。


 しかしその時の戦いで女神は魂を負傷し、癒えないアザとなってその顔に残ったと言われている。


 そしてその時の傷が致命傷となったらしく、女神はだんだん衰弱していくことになる。


 そんな女神は死に際にこんな言葉を残したと言う。


『時が来たら、私は人間として生まれ変わります。しかしその時の私は、女神であった頃の記憶を失っているでしょう。だから私のことを探し出して、魔王と戦える立派な戦士へと育てあげてください』


 そう言い残して女神は息を引き取った。


 神官が言うには、そんな言い伝えにある女神のアザと、私の顔のアザの特徴が酷似しているという。


 半信半疑で神官の話を聞いていた私だったが、神官から軽く魔法の手解きを受けたところ、なんとすぐにそれを身につけることができた。


 しかも、それは光の力――女神にしか扱えないと言われている退魔の力だったのだ。


 こうして私は女神の生まれ変わり――すなわち、聖女としての人生を歩むことになる。


 ……きっとその頃からだろう。


 私を蔑ろにした者たちへの復讐を考え始めたのは。

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