後編
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しばらくして、俺は再びジャガイモを見つけリムの所へ持っていく。
換金の際に、この間のドラゴンの骨肥料はどうだったか聞いてみるが口をへの字に曲げた反応からやはりうまくいかなかったのだろう。
「あ、諦めませんわ!いずれ私は『ジャガイモの母』と呼ばれる女になるのです!!」
何だよそのパワーワードは。
そう強がる彼女だがやはり失敗を重ねているので気持ちは沈んでいるようだった。
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気づけば俺はダンジョンに潜ってジャガイモばかり探していた。
ジャガイモが入手できる条件というのもある程度理解できたので効率よく手にすることが出来る様になった。
ジャガイモを換金し、リムから進捗を聞きながらお茶を飲むのが楽しみになっていた。
彼女も俺が好きなアップルティーを研究所に置いてくれるようになって入り浸る事に。
ただ、仲間内からは『ジャガイモハンター』などというあだ名をつけられてしまうこととなった。
別にそれでも構わない。俺に出来る事は研究材料であるジャガイモを届ける事なのだから。
そう言うわけで今日は大量のジャガイモを持って彼女の元を訪れた。
だがいつもの場所に彼女は居なかった。
ならば、と隣接する畑の方へ歩ていくと声がした。
「ああもうっ!どうして!?どうしてですの!?」
見るとリムが畑の一角で地面に跪き叫んでいた。
土で汚れた手には白い芋が握られている。
どうやらまた失敗した様だ。
「えーと、リム?」
「あなたは……ユウトさん。またジャガイモを?」
「ああ。そうなんだけど……その、また失敗だったんだな」
リムは無言でうなずく。その表情は明らかに憔悴していた。
「あの、大変申し上げにくいのですがジャガイモはもう必要ありませんわ」
「え?まさか諦めるのか!?」
「申し訳ありません。諦めざるを得なくなってしまったのです。商会としてもこれ以上成果が上がらない研究に予算は出せないと言われまして……」
確かにジャガイモを破格の値段で買い取っていたのもあり赤字はかさんでいく一方だったのだろう。
最近は俺がかなりの頻度で持ってきていたから余計にだろう。
何てことだ。彼女の夢を応援しようとジャガイモを持ってきていたがそれが逆に追い込んでいたなんて。
がくりと肩を落とす彼女に抱える言葉も無く。俺は宿へと帰る事になった。
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冒険者ギルドに併設されている食堂で俺は彼女の憔悴した表情を何度も思い浮かべ、ため息をついていた。
どうにか彼女の力になれないだろうか。
そうは言っても夏休みの朝顔でさえ枯らしてしまう様な男だ。
幼い頃から土いじりに親しんで来たという彼女の知識に勝る部分などありはしない。
だけどこのままだと彼女は幼い頃からの夢を諦めてしまう。
夢ってのは凄く熱くさせてくれるものだ。だけど反面、『呪い』の様な一面もある。
途中で挫折してしまうとその呪いから逃れることは難しい。ずっと付きまとってくる。
前世の事はあまり思い出せないが俺にも夢はあった。
色々な風景を見ながら絵に残していきたかった。
だけどそんな夢を見ることは許されず絵筆を離してしまった。
見たことのない風景が広がるこの世界に転生したが挫折した経験から俺は絵筆を取る事が出来ずにいた。
大好きだったものが呪いに変わる。
そんな想いをリムにして欲しくはない。
考えろ。考えるんだ。
「あらゆるものには自然な『流れ』がある。出会いもまたその流れのひとつだよ?」
気づけば隣のテーブルに座っている女性が俺の方を見ていた。
え?何この人?スピリチュアル系?壺とか売りつけられちゃうのか?
「流れに対して無理に逆らおうとしちゃダメだ。自分の今までに『意味』があるかもしれない。だから呼吸を整えて、自分と向き合ってみなよ。どこかに答えがあるかもしれない」
いや、ますますわからないんですけど。
「わたしが言ってあげられるのはそこまでだよ。『糸』を手繰れるか、切ってしまうかはあんた次第だ。あんたと『わたし達』の道が、何処かで交わると良いな」
それだけ告げると女性は席を立ち歩き出す。
彼女を視線で追うと別の女性に羽交い絞めにされている男性が居て、彼女を二人に声を掛ける。
「待て!俺は認めないぞ。ああいうのはダメだ。心の中に獣を隠してるに違いない!!危険だ、妹が危険だぁぁぁぁ」
「はいはい。キミがそれ言っても説得力ゼロだからね?後で話ゆっくり話聞いたげるから家に帰ろうねー。フィリー、そっち持って」
「あいよ」
結局、男性は女性二人に引きずられながら冒険者ギルドを後にしていった。
今のは何だったのだろう?壺でも売りつけられるかと思ってたがそういうわけじゃなかったし。
「流れ、か……」
彼女が夢を諦め挫折するのもまた流れだというのだろうか。
だけど……
「あれ?」
そこではたと気づく。
いろいろと試したがジャロタ芋に変異してしまう。
彼女は様々な肥料を使っていた。様々な土地の土を仕入れて栽培を行っていた。
だけど、よく考えれば……そうだ、もしかして『まだ試してない』事があるのでは無いか?
出会いも流れのひとつ。この世界に来て冒険者としてダンジョンに潜り、ジャガイモと出会って……
記憶の糸を手繰っていった俺は『ある事』を思い出して立ち上がった。
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数日後、俺は朝早く研究所を尋ねた。
「ユウトさん。先日も申し上げたのですがジャガイモはもう……」
「君に聞きたいんだ。『これ』は試したかい?」
俺はあるダンジョンに潜って手に入れてきた袋をどさっと卸す。
「えーと、土、ですか?以前も申し上げましたが各地の土を取り寄せて試してみましたが最終的にはやはり」
「これはダンジョンで手に入れた土だ。君のお父さんが生まれた世界の『土』なんだ!」
「はい?」
ダンジョンの多くは罠を解除したり宝を手に入れてもしばらくすると内部構造が変化して中身が補充されていく。
理屈はよくわからないがそういうものらしい。
そんなダンジョンにも人気不人気のものがある。
俺が急いで潜ったのは『ガラクタダンジョン』と揶揄される場所であった。
モンスターが強いわりに鍋のふたやらボロボロの毛布やら手に入る宝はガラクタばかり。
どうも『地球製のガラクタ』が落ちているのだが実用性はほぼ皆無だ。
一度怖いもの見たさで潜った時、そんなガラクタに交じってあるものが落ちていた。
結局取得しなかったがそれは、『園芸用の土』。地球製の土であった。
「考えたんだけどさ。もしかしてこの世界の土を使っているから上手くいかないとかは無いかな?だから、ジャガイモが元々あった世界の土を使えばもしかしてと思って」
「ま、まさかその為だけにダンジョンに?」
「試してみる価値があるんじゃないのか?」
「で、ですがもう予算が……」
「買取はもういい。俺に協力させてくれ。必要なら土だってジャガイモだって幾らでも探して来るよ。だから、夢を諦めないで欲しいんだ」
「何でそこまで……」
「夢ってのは心がかーっと熱くなるんだ。夢を追いかける楽しさを君が思い出させてくれた。まだやれることはある。だから君が夢をかなえる場面を、見させてくれ!!」
「あなたという人は……ええ、わかりましたわ。こうなったら徹底的にやりますわ!材料の調達はお願いしますわよ!」
こうして俺達はジャガイモ栽培のタッグを組むこととなった。
そして……
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「やりましたわ!遂に、遂にこの時が来たのです!!」
試行錯誤を重ね更に数年。
遂に彼女の夢は実を結ぶこととなった。
自作のプランターから収穫することが出来た新たなジャガイモ。
そして同時に、ジャガイモという種はこの世界に適応を果たした。
理屈は良くわからないのだが『この世界に受け入れられた』という事らしい。
更にジャロタ芋とジャガイモを交配させることにより生まれた新たなイモは少しずつではあるが広まっていき人々の食卓に潤いを与えることとなっていく。
「子どもの頃からの夢が、遂に叶ったのです。こんな嬉しい事はありません!!」
「本当に、良かった。これも『流れ』だったんだな」
呟きながら俺は絵筆を走らせる。
キャンバスに描いているのは汗水たらして育てた新種の作物を抱えてほほ笑む女性の姿であった。
さあ、この『流れ』はどうなるかな?