第九話 一緒に食べるのは幸せですね。旦那様?
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約束通り、二人一緒に朝ごはんを食べることになった。出仕の時間は大丈夫なのだろうか? と心配になったけれど「そもそも、新婚直後に出仕させるのが悪い」と憮然としたリーフェン公爵は言い切った。
のんびり出仕する! と宣言したリーフェン公爵の強い希望により、今朝の食事も、私が作ることになった。
厨房に立つ公爵夫人に、料理係の人たちは昨日は唖然としていたけれど、今朝は笑顔で迎えてくれた。
「はじめのうち、お姫様が料理なんて出来るはずないと思いましたが、お上手ですね!」
ニコニコとしながら、私に話しかけてくる料理長。「お姫様に邪魔されるのは困る!」なんて職人顔で言ってきた昨日とは大違いだ。
私はニコッと笑うと、魔法でかまどに火をつけた。
「このカメにも水をいっぱいにしておくわね?」
「助かります。これで料理に専念できる。ありがとうございます。奥様」
基本的に貴族に仕える料理人はプライドが高い。料理の腕さえあれば、魔力の関係ない世界だけれど、その分、生活魔法が使える助手を必ず連れ歩く。
公爵家に魔法が使える人間がいないのは、私のためだ。公爵家の料理人たちに水汲みまでさせておいてこんなことで感謝されるのが、逆に申し訳なく思える。
「ううん。いつでも言って欲しいわ。水汲みよりも、美味しい料理を作ることに集中して欲しいから。……これからもよろしくね? ケイル」
「名前まで……」
「ケイル、なんで泣いてるの?!」
「胡椒が目に入りまして……」
「た、大変! すぐに水で流しましょう?!」
大袈裟なほど首を振って「大丈夫です」と料理長は仕事に戻ってしまった。目に入った胡椒は、少しだったのか、そのあとは普通に働いているようでホッとする。
とりあえず、私は卵料理を作ることにした。どの卵も新鮮で素晴らしい。キースが好きだった、甘い卵焼きを作った。
こんなふうに、キースを思い出すことを無意識に避けていたことに今更ながら気がつく。
「……幸せだわ」
キースと離れてから、そして生まれ変わって王宮に来てからずっと、私は幸せではなかった。
でも、そのことには目を背けていた。幸せとか幸せでないとか考えないように、目の前のことだけにいつも集中するようにしてきた。
「何が幸せだって?」
背後に人が立つ。背の高い人だ。ずいぶん上の方から声がするから、それがよくわかる。
――――こんなところまで来るなんて。
たぶん今まで厨房に来たことなどなかっただろう、リーフェン公爵の登場に、料理人たちが料理の手を止めて挨拶しようとする。
それを手だけで制したリーフェン公爵を見た料理人たちは、慌てて各自の持ち場へと戻っていった。
「それで、幸せなんだ? ルティアは」
「旦那様……。揶揄わないでください」
「揶揄ってなんかいない。そんなに料理が好きなら、ルティアのために専用の調理場を作るよ」
「……ここで、皆さんを手伝いながら作る方がいいです。勉強にもなりますし」
いくら姫だったとはいえ、離宮に幽閉されていた私は、公爵家の財力に今さらながら眩暈がした。
そして、リーフェン公爵は唖然とする料理人たちの前で、平然と卵焼きをお皿に移した。
「紅茶を淹れたから、一緒に食べよう?」
お皿を片手に持って、私の手をリーフェン公爵が引く。たぶん厨房は、このあと大騒ぎに違いない。だって、公爵様が自ら給仕みたいなことをするなんて。
連れて行かれた先には、小さなテーブルと椅子があった。それは、公爵家には似合わない、こじんまりとしたスペースだった。
「小さく……ないですか」
「だって、いつものテーブルだと、ルティアは俺から離れて座ろうとするだろう?」
それは間違いない。魔道具があっても、私の魔眼が絶えずリーフェン公爵から魔力を吸い取り続けているのはわかっている。
「魔力は、出仕前に半分戻してくれれば、自然回復で事足りるから大丈夫だ」
澄ました顔でリーフェン公爵は言うけれど、それは全く魔法を使わない場合に限るだろう。使わなくてはいけない場面が来たらどうするのだ。
「あいかわらず心配性だね。……起こってもいないことを心配するなんて無駄だと思わない?」
「それは」
確かにその言葉は、耳が痛い。もっと未来に希望を持てば、違う未来があったのではないかと思う。
「冷めないうちに食べよう?」
そう言って、何故かリーフェン公爵が自ら切り分けてくれた卵焼きは、甘いはずなのに何故か少しだけ塩辛い味がした。
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