第七話 私、お子様ですか?
なぜかとても気合が入っている、侍女のマリーに部屋着に着替えさせられて、夫婦の部屋に押し込まれた。よく考えれば、結婚式の直後から、挨拶もせずに自室に閉じこもっていたのだったわ。
キスした以外……何もなかったけれど。
幼馴染とは、キスは一度だけしたことがあった。
その時のことを思い出すと、今も胸がひどく軋む。
でも、昨夜のキスは甘く溶かされてしまうようだった。
その時、ドアが突然開く。当然のように入ってきたリーフェン公爵が、一瞬、虚を衝かれたかのように目を見開いた。
「あ……。そうか、そうだったよな」
部屋の中をうろうろしていた私を見て、少し笑ったリーフェン公爵が「座って?」と私をベッドの端へとエスコートしてくれた。
そういうところも、幼馴染だったころと変わらないのに、エスコートだけがあまりに自然になっていて不思議な感じがした。そして、私の方も当たり前のようにエスコートを受けている。
――――いつまでも同じではないことが、さびしいような不思議なような……。
そして、そのまま私の隣に腰掛けたリーフェン公爵の緩いブラウスの袖口から、飾り気のない魔道具が時々覗いていることに気が付く。
それは、私のために着けてくれた魔道具……。陛下から直接貰ってきたと言っていたから、多くの人はこの存在を知らないのだろうけど、もしリーフェン公爵を良く思っていない人が知ったら。
背筋に冷たい水をかけられたみたいな感覚がした。
もし、リーフェン公爵に何かあったら……。怖い。
「ルティア……そんなに魔道具ばかり見るな」
「――――旦那様?」
「大丈夫だから。ほら、俺の目を見て?」
――――魔力を吸い取ってしまうから、見ることができないんです。知っているでしょう?
うつむいてしまった私を見たリーフェン公爵は、切なそうに小さなため息をついた後、私の顎を少し持ち上げて上を向かせた。
その瞬間に、視界一杯広がった金色の色彩。その瞳の中に私が映っていた。そう、久しぶりにその瞳の中に私がいるのを見た。それでも、魔力を吸い取ってしまうのが恐ろしくて、すぐに目を逸らす。
その瞳に私が映ることが、本当に好きで、そのことがいつも本当に幸せだったことを無理に忘れようとしていたこと、思い出してしまった。
「旦那様……」
「なぜ泣く……」
「どうしてですか。どうしてそこまでしてくれるんですか。だって、私はあなたのことずっと」
それ以上は、口を塞がれてしまって言わせてもらえなかった。そういえば、魔力を返すためではない、ただの口づけは初めてだ。
「相手の態度がどうとか、相手が俺のことを好きではないとか。……ぐだぐだ考えてばかりいたけど。もっとシンプルに考えたらそれで良かった」
一瞬だけだった口づけをして、少し名残惜しそうな表情をしながら離れたリーフェン公爵がそんなことを言う。それは、確実に今のことではなくて、過去のことだ。
――――それに、私があなたのこと好きではなかったことなんて前世から今この瞬間まで、ほんのひと時すらないのに。
「遅くまで待たせて悪かったな。――――寝ようか」
ベッドの中に引き込まれる。暖かい体温、さわやかな香り。優しく梳かれる髪の毛。
たぶん、一日中気を張って、久しぶりにいろいろなことをしていたから相当疲れていたに違いない。
「この状況で、すぐに寝てしまうとか……あいかわらず、お子様だな」
遠くで幼馴染のあきれたような、愛おしむような声が聞こえた気がした。
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