第五話 全員魔力がないんですか。公爵家なのに?
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リーフェン公爵が出仕すると、私たちの部屋をノックする音がした。そういえば、昨日は式場から攫われるように夫婦の部屋に入ってしまったから、誰にも挨拶していない。
「入っていいわ」
私は、姫として過ごしてきた時の仮面をかぶって返答する。
この屋敷で、私が歓迎されないだろうことは理解している。
魔眼で魔力を吸い取ってしまうかもしれない女主人なんて、恐ろしいものだろうから。
「はじめてお目にかかります。執事長のフォードでございます」
白髪交じりの初老の紳士が礼儀正しくあいさつした。魔力は感じられない。
「はじめまして。侍女長のマリーでございます」
まだ年若いが優秀な雰囲気をだす、美しい侍女長からも挨拶を受けた。魔力はやはり感じられない。
「……よろしくお願いしますね。私はルティアです。皆さんに迷惑をおかけしないように、出来る限り部屋の中で過ごしますから」
「奥様……? 迷惑とはいったい? ところで、他の従業員も挨拶をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか」
「え……? じゃ、じゃあ魔力を持っていない人だけ」
「――――聞いていらっしゃらないのですか、奥様」
怪訝そうにしたあとに、何かに思い当ったのか少し笑った執事長は衝撃の内容を口にした。それは、この屋敷の従業員や護衛に至るまで魔力を持った人間は一人もいないというものだった。
「え……。屋敷の従業員に魔力がある人間が一人もいないの?」
「左様でございます」
「えっと……公爵家でしょう? 直属の騎士たちは。旦那様の護衛は……。それに、厨房だって水魔法や火魔法が使える人たちがいないと不便でしょう?」
「旦那様が奥様を迎えるにあたって準備を進めてきたことですので。護衛については、魔力を使うことはできないだけで王国でも屈指の強さの者ばかりがそろっておりますからご安心ください」
それにしても、公爵家の従業員や護衛達が魔法が使えないなんて魔法を中心に動いているこの国では、異例のことだろう。
「いつから……」
「さて、公爵様には長年お仕えしておりますが、魔力の無い私を取り立ててくださった理由は『優秀なのに魔力がないから』という不可解なものでした」
「――――そんな昔から」
私は、リーフェン公爵の奇行に首を傾げた。たしかに、少し変わり者だと言う噂は聞いたことがあったけれど、こういう部分からうわさが立ったのかもしれない。
「えーと……。でも、魔力がないと言うなら私も安心だわ」
心からほっとして、私は執事長と侍女長に笑いかけた。誰かを傷つけるかもしれないと不安に思いながら、自宅で過ごす必要がないなんて。
――――最高の贈り物ね。
もしかしたら、私との結婚は急に決まったことではなく、どこかに魔眼の姫を押し付けたい王族たちと公爵家の間でずっと前から決められていたことだったのかもしれない。私が知らなかっただけで。
私は、リーフェン公爵の魔眼の姫に対する心遣いに心から感謝した。
「それでは、エントランスに従業員たちを全員連れてきてくれる?」
「――――全員でございますか奥様?」
「あ、忙しい人は無理にとは言わないけれど。これからお世話になるのだもの。みんなの顔と名前を早く覚えたいの。お願いできるかしら。フォード、マリー?」
私が名前を呼ぶと、なぜか二人が涙ぐんだ。そういえば、城にいた召使いたちも、名前を呼ぶと泣く人がいたとぼんやり私は考えた。
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エントランスに集まった従業員たちを見て、私は唖然とした。
王宮には魔力を持った人間しかいなかったから、私は腫れもの扱いをされていた。私の周りに仕えるのは、貴族の中でも魔力を持たずに生まれた人間ばかり。誰もかれも実家からも貴族社会からも良い扱いを受けていなかった。そして人数も最小限だった。
こんなにたくさんの人がいるなんて。しかも王都なのに、ここにいる人たち全員魔力を持っていないの?
その中に、よく見た顔が何人か紛れている。
「ハンス! リン!」
ハンスとリンは王宮でも私に真摯に使えてくれていた侍従と侍女だった。
「採用試験を行ったところ、二人とも優秀な成績で合格しました。奥様の教育の賜物かと」
確かに二人には教育を施していた。いつか私がどこかに降嫁したときに、良い勤め先を見つけて幸せに生きていってほしいから。それがまさか、私を追いかけてきてくれるなんて。
「うれしいわ……」
「旦那様が、奥様の事をご存知の侍従や侍女がいた方が良いだろうと。まあ、もちろん試験は公平に行いましたが」
「ありがとう……。それでは、他の従業員の紹介してもらえる?」
順番に従業員たちが挨拶してくれる。私は人の名前を覚えるのは得意だ。王族としての教育では、派閥や貴族たちすべてを覚える必要があった。たとえ表に出ることのない、魔眼の姫だったとしても。
護衛騎士の長は、見ただけで強いとわかる人だった。ライトという名前の騎士長は、東の国から来た人材で、魔法は使えない代わりに気というものを自在に操ると言うことだった。
私も本では読んだことがあったが、実際に扱う人間を見るのは初めてで、思わず興奮してしまった。
「すごいわ! 近いうちに是非見せてほしいわ。よろしくライト」
名前で呼ぶと、ライトが複雑そうな表情をした。
「――――どうしたの。私、何か不快なことをしてしまったかしら」
「いえ。奥様にお仕え出来て光栄です。しかし、名前で呼ぶのは控えて頂けないでしょうか」
「えっ、もしかしてあなたの国では失礼なことなのかしら」
「いいえ……。俺はまだ、我が主に殺されたくないので」
なぜかよくわからないけれど、有無を言わせぬ笑顔で騎士長がそう言った。どうしてリーフェン公爵に殺されることになることと私が名前を呼ぶことが繋がるのか理解に苦しむ。
「わかったわ。それでは、家名はあるのかしら」
「ミスミと……」
「そう。ミスミ騎士長。どうか……」
――――どうか、これからもリーフェン公爵を守ってくださいなんて。当たり前のことよね。
「よろしくお願いします」
その思いを、軽く振り払って私は無難なあいさつに留めた。
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