第三十九話 魔眼の力は愛しい人とともに消えて。
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いつだって、幸せだった。
あなたの瞳を見つめて……。
だから、もし目を開けた時にキース、あなたの瞳に私が映っていたら。
地下牢の中で目覚めると、金色の瞳が目の前にあった。その瞳の中には私が映っている。
「――――キース、どうして」
強く眉を寄せたキースが、私の体を抱きしめそのまま横抱きにした。
キースは何もしゃべらない。
ただ、いつの間にか錠が破壊された地下牢の扉を足で乱暴に開け、足早に階段を昇っていく。
「キース! 何しているの! すぐに降ろしなさい!」
「――――黙っていて」
その表情が、あまりにも深刻で私は口を閉じる。
そして、降ろしてもらえる様子がないとわかると、少しでも魔眼の影響を抑えようと両の瞳を強く閉じた。
キースの体は、ひどく冷たい。
魔力が勢いよく私に流れ込んでくるのがわかる。
それでも、速度を遅くすることもなくキースは私を抱き上げたまま歩いていく。
少しだけ回復魔法をかける。
その瞬間、ひどく体の痛みが強くなったけれど、それよりもずっと心の方が痛かった。
暗闇の中、馬に乗せられる。
「――――キース。どうしてここに来たの? ねえ、私は魔女なんだよ。一緒にいたら」
「余計なことを言うな……」
キースの表情はこわばっていた。
あの時、致命傷を負ってさえ微笑を湛えていたキース。
今は、まるで……。
なぜそんなにも余裕がないのか。
何かを堪えているように。
キースから魔力が私に流れ込む。
その魔力は、すべて回復魔法にしてキースに返す。
「――――お願いだから、余計なことをしないで」
「キース……」
「俺に何かしても、もう意味がないから」
私は、魔女として断罪されても構わなかった。
だってもう、どう考えても私の体は限界だ。
今だって、内臓が焼け付くように痛い。
キースに抱きしめられたまま、馬が走る。
「ねえ、キース。私のことは良いから」
「――――最後の我儘だから。お願い、そばにいて」
キースの体が、どんどん冷たくなっていく。
これは、魔力が失われているだけではとても説明ができない。
「ゴホッ……」
「え……?」
くぐもったような咳と一緒に、キースの口から、血液が流れ出した。
その血を袖で拭ったキースは、そのまましゃべることもなく馬を走らせる。
辿り着いた場所は、暗い丘の上だった。
「――――ここで、ディル殿と待ち合わせているから」
「キース!」
「ここでお別れだな」
その時になって、やっとキースが私に笑いかけた。
これ以上一緒にいたら、キースの魔力は枯渇してしまうだろう。
――――でも、本当にこのまま別れていいの?
だって、キースの体からは生気が感じられない。明らかにおかしい。
「ねえ、キース。どうしたの? 傷……治ってないの」
明らかに状態がおかしいのに、笑顔を崩さないキース。その笑顔がそのことを肯定しているみたいに感じられた。
そしてそこで初めて目を一瞬見開いたキースが、私の手首にはめられたあの日渡された金色の石の腕輪に触れる。
「――――まだ、つけていてくれたんだ」
当たり前だ。裏切ったくせにズルいと思い続けていたのに、それでもこの腕輪だけはどうしても外すことができなかったのだから。
「そろそろ時間だ。ディル殿と逃げて、今度こそ幸せになって?」
キースが膝をつく。
ああ、そうか。いくら回復魔法を使っても、限界点を越えることは無理だったんだ。
私は、キースを助けることなんてできていなかったのだとようやく気がついた。
そして、私も……。ディル様と逃げ切ることはできないし、逃げようとも思えなかった。
「そっか……。すべて無駄になっちゃったね」
そのまま、キースを強く抱きしめた。
大好きな幼馴染。せめて、あと少しそばにいることを許して欲しい。
「アンナ? 早く逃げないと」
「――――何のためにキースから離れたと思っているの!」
「え? アンナ」
あなたはきっと、いつかそんな風に傷ついてしまうから。
だから、あなたのそばから離れたのに。
――――こんな結末が待っているなら、絶対に離れたりしなかったのに。
「――――キース。愛してる」
「は……腕輪のこともそうだけど、都合のいい夢かな?」
「違うよ。愛しているから離れたのに」
「そっか。俺も、アンナのこと誰よりも愛してる。今、とても……」
たぶん、キースの体は限界だった。
それなのに、さらに私から魔力を奪われて。
残り少ない時間がさらに短くなる。そんなこと、きっとわかった上で私を助けに来てくれた。
――――キースの願いをせめて叶えたかった。でも、もう離れるなんて考えられない。
「うん。ね? 私も最後まで悪あがきしてもいいかな」
「ん……。アンナが幸せならいいと思っていたのに。余計なことをしたかな」
「黙っていて。愛してるから……一緒にいて」
「そうだ、ね? 一緒に」
私は、キースの光を無くしていく瞳を見つめた。
きっとこうすれば、二人はきっとまた一緒にいられる。私の中の誰かが訴えている。
視線が絡んだ瞬間から、私たちの魔力が、混ざっていく。
たぶん、限界まで傷ついてしまった体は、行使される魔眼の力に耐えることはできない。
「ふ……っ」
私の口からもこぼれた血が、キースの唇とその血と混ざって触媒になる。
魔眼の力が、全てキースのものになっていくのを感じながら。
そして、キースの魔力がすべて私のものになっていくのを感じながら。
たぶん二人の願いはたった一つ。
――――もう一度、会いたい。もし叶ったら、今度はずっと一緒に……。
魔眼が消える直前の炎のように周囲を赤く染めるほど輝いて、そして周囲は闇に再度包まれた。
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