第四話 旦那様の様子がおかしいです。
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泣きながら目を覚ました。あのころの夢を見てしまった日は、いつもこんなふうに泣きながら目を覚ます。
せめてあの後にもう、私たちの運命が交わらなかったら良かったのに。そうすれば、キースもアンナもあれ以上傷つかずに済んだかもしれないのに。
そっと、私の頬から涙が拭われる。
「……え?」
まどろみから急速に目が覚めていく。
その手をそっと掴んで、目を開ける。
その瞬間に、美しい金の瞳と目が合って、私は心臓が飛び跳ねるのを感じた。
大好きなその瞳。また、こんな風に見ることができるなんて思わなかった。
「旦那様」
「名前で呼んでくれないの」
なんだか、甘い声を出したリーフェン公爵にのぞき込まれている。
そしてなぜか、強く抱きしめられている。
「さっきまで、前世の俺の名前……泣きながら何度も呼んでいたのに」
「ひゃ?!」
一晩寝て、起きただけでリーフェン公爵の態度が180度変わってしまっている気がする。
私達……昨夜なにもなかったですよね? 初夜なのに。
夢見ていただけでなく、寝言まで言っていたらしい。
そして、この状況は良くない。
今この瞬間も、どんどんリーフェン公爵の魔力を吸い取っているのだから。
「は、離してください! 魔力がなくなってしまいますよ?」
「いいよ……。ルティアに全部あげる」
「なっ! バカなんですか?! 魔力が枯渇したら命にかかわるかもしれないんですよ?!」
「そうかもね……。しかたないから、名前呼んでくれたら離れるよ。さすがに旦那になった人間の名前くらいは知っているんだよね?」
ナチュラルに脅迫されている気がする。でも、私は知っている。こんな状態になった幼馴染は決して譲ったりするような人ではないのだと。
彼の名前は、リーフェン・アイシュタール……。もちろんわかってはいる。
「……なぜこだわるんですか? 一回だけですよ。――――リーフェン?」
名前を呼ぶだけで、感情がひどく揺れ動いてしまう。それは、私の魔眼にも影響する。
どうしよう。リーフェン公爵に負担をかけたくないから、名前を呼ぶのは避けていたのに。
私がその名を呼ぶと、リーフェン公爵は少しだけ笑って、私のことをやっと解放してくれた。
少しでも影響を減らすために私はギュッと瞳を閉じる。
「相変わらず可愛いな……。どうして、こんなにおバカで可愛い幼馴染のことを、忘れてしまっていたんだろう」
「旦那様?」
「全部思い出した今なら……。可愛い幼馴染は昔も今も、変わらないんだって。今この瞬間もそれがはっきりとしていくのに。――――どうしてこんなに大事なことを忘れていたんだろう」
そういえば、アンナが居なくなった後にキースは幸せになったのだろうか。
アンナの最後の時には、すでに全てを持っていたキース。
魔力も、力も、富も、名声も。彼はすべてを手に入れた。
幸せに過ごしてくれていたらいい。
それでも私はそのことを、本人に聞く勇気を持てなかった。
「あー。本当に残念だけど、そろそろ出仕しないと。ルティア、今日も少し魔力を返してくれるかな?」
私は、また少しだけ唇を噛んだ。
「痛い思いさせてごめん。そのまま目、つぶっていて」
今朝は、リーフェン公爵から、傷口をなめられた後にそっと優しくキスされた。そして、リーフェン公爵も少しだけ使える回復魔法を私の唇にかけてくれる。
これは、この日から二人が一緒にいる時の習慣みたいになるのだけれど。
私はまだ知らない。リーフェン公爵が、屋敷に帰ってきた時は、毎回これが繰り返されることになるなんて。そして、自分が寝言で何をつぶやいてしまったのかも。
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