第三十七話 公爵は魔眼の力を手に入れる。
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魔眼に魅入られた存在については、よくわかっていない部分が多い。
どれだけ調べても、結論はそれだけだった。
それでも、魔眼の力を手に入れる方法と、手に入れた場合の代償については調べることができた。
それは、王宮の古い神話の中に描かれていた。
赤い瞳の女神の力を奪って英雄になった男の物語。
通常であれば、魔力が枯渇するまで人が意識を失わないことはできない。
意識を失ったり、眠っている人間に対しては不思議なことに魔眼の力は働かないから。
それでも、例外はある。
「私のこと、妻として愛してください……旦那様?」
再会を果たした、あの日のルティアの言葉がよみがえる。
皮肉なことに、それが魔眼の力を得るための方法だった。
――――唯一の例外。自分の魔力を枯渇させて、代わりに魔眼の力を奪い取る。それが、魔眼に魅入られた存在を誕生させるための方法だ。
となりで、可愛い人が眠っているのを眺める。
こんな理由で、本当の夫婦になるのは嫌だった。
それでも、こんなに幸せな時間が存在するのかと心から求めた。
ルティアの目が覚めても、もう俺がルティアの魔眼に魔力を奪われることはない。
もう一度、彼女の美しい瞳を飽きるまで眺め続けることができる。
もう離れることはできない。どうして魔眼の力を手に入れた相手を、魔眼に魅了された存在と言うのか。それは、もうこの魔眼の力はルティアと共にいる限り俺のもので、同時にルティアと離れてしまえば……。
「旦那様……?」
赤い瞳が、リーフェン公爵を見つめた。
その瞳には、リーフェン公爵の顔が映り込んでいた。
――――今は、ただ、この瞳をずっと見つめ続けられる幸運を享受しよう。
「やっと……ちゃんと俺の目を見てくれた」
「――――え?」
こんなに幸せな気持ちになれたのは、15歳のあの日以来のことだった。
「あの日、目が合ったのが最後だったから」
「あの日って」
「15歳の、あの日。キースがたくさんの魔力を開花させて部屋から出てきた時に、目が合ったのが最後だった」
ずっと一緒にいられると無条件に信じていたことが、ただの幻想だったことに気がついたあの日。
どうして、無理にでも攫ってしまわなかったのかとずっと後悔していた。
「その、赤い瞳の中に俺が映っているのを見るのが好きだった」
美しい紅玉の瞳を見つめると、アンナがいつでも笑いかけてくれる権利は、キースだけが持っていたのに。
「こうしてもう一度、見つめ合いたかったんだ。ただそれだけだったんだ」
「――――旦那様」
「ふっ……。昨日はあんなに名前で呼んでくれたのに、また旦那様に戻ってしまったね」
残念ながらルティアはめったに、リーフェン公爵の名前を呼ばない。
それでも、「旦那様」というその言葉はとても幸せな響きだった。
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