第三十六話 もしもその未来があったら。
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不埒な動きをするその手をとりあえず制して、その瞳を見つめると朝日を浴びてまるで太陽みたいに輝いていた。
「――――ディルよりもキースが好きだったのに、ディルについて行ったの? なんでよりによって、ディルに……」
手の動きを制すると、リーフェン公爵はそのまま私のことを抱きしめてきた。
「よりによってって……?」
「だって、騎士と結婚したいって言っていたから。すでに騎士になっているディルのことが好きになったのかと思った」
「――――魔力を持たない騎士様に、協力してもらっただけです」
「俺から離れるのを?」
とても切なそうに、リーフェン公爵の表情がゆがめられる。魔眼は魔力が高い人間に対して、より効力を発揮する。そして、キースが手にした魔力は誰よりも大きいものだった。
「もしも相談していたら、キースはどうしましたか?」
この世界にもしもなんて存在しない。
私はそのことをよく知っているけれど、聞かずにはいられなかった。
「――――そうだね。冒険者になったと思う」
「え? 騎士ではなくて?」
「冒険者をしながら魔眼を抑える方法を探す。……王国の手が届かない場所で。アンナは帰りを待っていて、帰ってくると短い時間だけど、二人で一緒に過ごすんだ。そのうち、魔眼がキースに影響を与えない方法を手に入れて、二人はきっとずっと一緒に……」
そんな未来は、確かにあったのかもしれない。
実際は、魔眼に関する人間は国が管理するきまりになっているから、二人は追手から逃れながらの生活になっただろう。
ただの冒険者が、魔眼についての情報を手に入れることだって容易ではない。
魔眼の影響で、一緒にいられる時間だってほとんどないし、アンナはきっとキースに後ろめたさを感じながら生きていかなければならない。
――――それでも、きっと幸せだ。
キースが帰ってくる日には、アンナはキースが好きな料理をたくさん作って待っている。
キースが帰ってきた時に、アンナは満面の笑みを見せる。
きっと、帰ってきたキースは幸せそうに笑っただろう。
「――――泣いているの」
「泣いていません。それよりリーフェン公爵こそ」
二人の瞳から流れているのは涙ではない。
これからの未来で私たちは、笑うから。
「もう、俺から逃げたりしないで。これから何かが起こっても、絶対に幸せにすると誓うから」
「そうですね。今度は私も旦那様のそばで、旦那様を守る方法を探します」
「守る前提なんだ……」
「そう。だから危険に飛び込まないでください。旦那様?」
リーフェン公爵が、少しだけ首を横に振った。大きな剣だこでゴツゴツした手が、私の頭をそっと撫でる。まるで、大切な壊れ物を扱うみたいに。
「そうだね。すぐに危険に飛び込んでしまうルティアのためにも、俺がしっかり足場を固めることにするよ。戦いになっても、一瞬で方を付けると約束する」
「え?」
「王国の守護者として、聖なる瞳の乙女の加護を受けた者として、これからもきっと俺は最前線で戦い続ける。……ごめんね? それはきっと変えることができない唯一の俺の役割なんだ」
そう、それでもいい。今度は私も一緒に行って、守ることができるから。
それに、ミスミ騎士長も一緒に戦ってくれる。
「――――その時はルティアも一緒に来てほしい」
意外なことを、リーフェン公爵に言われる。
でも、その表情にはどこか影が差しているように見えた。
ついて来ないで欲しいと、キースなら、そして今までのリーフェン公爵なら私に言っただろうから。
「――――戦場についてこいと言うなんて、なにか理由があるんですよね」
「――――本当は危険な場所に連れて行きたくはないけれど。……俺のそばで守られていてね?」
それはきっと、この瞳に関係するのだろう。
そっと、瞳を手で覆った私を見て、リーフェン公爵はそこに口づけを落とした。
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