第三十三話 こんな風に見つめ合いたかったです。旦那様?
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その日、目が覚めると金色の瞳が私を覗き込んでいた。
私は、じっとその瞳を見つめる。
どんなに見つめても、もうリーフェン公爵の魔力が私の中に流れ込んでくることはなかった。
むしろ、私の中の魔力とリーフェン公爵の魔力が完全に混ざってしまっているみたいな、不思議な感覚に身をゆだねる。
「やっと……ちゃんと俺の目を見てくれた」
「――――え?」
心底嬉しそうに、リーフェン公爵が笑う。
「あの日、目が合ったのが最後だったから」
「あの日って」
「15歳の、あの日。キースがたくさんの魔力を開花させて部屋から出てきた時に、目が合ったのが最後だった」
そう、たしかにあの後すぐに、私の瞳が魔眼であることが告げられて、私はキースの瞳もリーフェン公爵の瞳も真っすぐ見ることが叶わなくなった。
もう一度、抱きしめられる。黒いローブはいつの間にか、ベッドの端でくしゃくしゃになっていた。もう、私にとってこの屋敷の中ではきっと生涯必要としないアイテムだ。
「その、赤い瞳の中に俺が映っているのを見るのが好きだった」
私が思ったのと、同じことを言われて驚く。
そう、私もその金の瞳の中に私が映っているのを見るのが好きだった。
「こうしてもう一度、見つめ合いたかったんだ。ただそれだけだったんだ」
「――――旦那様」
「ふっ……。昨日はあんなに名前で呼んでくれたのに、また旦那様に戻ってしまったね」
そうして、私の瞼に降り注ぐ口づけ。
その合間に、私たちは何度も見つめ合った。
――――そうですね。私が願っていたのも、もう一度こんな風に真っすぐ見つめ合いたい。それだけだったのかもしれません。
「……そういえば、もうずいぶん明るくなってしまいましたね?」
「そうだね。もう昼近い」
その瞬間、空腹を自覚すると私のお腹が、くぅと音を立てた。
そういえば、結局昨日は夕食も食べていなかった。
お腹の音は、リーフェン公爵にも聞こえてしまったらしい。恥ずかしさに赤面する私に、リーフェン公爵が「可愛い」とつぶやいた。恥ずかしさが増すからやめてほしい。
「お腹すいた? 食事を食べようか」
そう言うと、リーフェン公爵は私のことを抱き上げた。
「歩け……ますよ?」
「もしもこんな朝が来たら、ルティアのことを歩かせたりしないと、一日中甘やかすと決めてたから」
「そんなこと、考えていたんですか」
「そ。だから、俺の夢を叶えると思って、今日は付き合って」
二人の部屋の、小さなテーブルにリーフェン公爵が食事を運んできてくれた。
ポットから紅茶を注いでくれる。
「あの、旦那様が自らしなくても」
「こんな可愛いルティアを、誰にも見せたくない」
旦那様の甘さが天井を突き抜けてしまったみたいだ。
そういえば、ルティアとして初めて会った時には、あんなに冷たかったのにと少し思い出し笑いをしてしまう。
「どうしたの? ルティア」
「旦那様との結婚式の日を思い出して」
「――――あれは、やり直したいな」
「え? そんなの勿体ないです。たった一回の大事な思い出です」
なぜか、食べさせようとしてくれるリーフェン公爵との攻防は、そんな話をしている最中にも続いている。諦めないリーフェン公爵に根負けした私は、リーフェン公爵の持つフォークに刺さったままのイチゴを口に入れた。
「……ルティア。その話はあとでね? それに、魔眼についてもまだ言ってないことがある」
「私の瞳……まだなにかあるんですか?」
「俺にとっては望ましい以外の何物でもない事実だから、そんなに心配しなくてもいいけど」
リーフェン公爵にとって、望ましいことっていったい何だろう。
私のことになると、昔から幼馴染は突っ走ってしまうことがあるから。
望ましいと言ったからと言って、鵜呑みにすることはできない。
「でも、今は……。この時間を大切に過ごそう?」
このあと一日、私たちは夫婦の部屋から一歩も出ずに過ごした。
まるで、今までの時間を全て取り戻そうとでもするように。
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