第三十一話 羞恥心で悶えそうです。旦那様?
✳︎ ✳︎ ✳︎
その日、二枚目のローブを使うことになるなんて、一体だれが予想できただろう。アイシュタール公爵家の一年分の予算が、半日で吹っ飛んでいく。そしてその二倍なら、二年分だ。
なぜか午後から、観劇をすることになった。こうなってしまっては、途中でローブを替える必要がある。
たぶんこれは、歴史上でも一番高額な観劇に違いない。
しかも貴族席の中でも、一番いい席はいつでも観られるように空けてあったらしい。
「あの……本当に観る気ですか。旦那様?」
「うん、せっかくだから観ようよ」
私は、すでに席に着いてしまったとはいえまだ覚悟を決められずにいた。
私たちの前世を劇にしてしまったらしい旦那様。
王都で今、一番人気というのは冗談ではなかったらしい。観客席は満席だった。
「えーと。この沢山の人、全部この劇を見に来ているんですよね」
「それ以外にないだろうね」
「――――聖なる瞳の乙女っていう題名は誰が決めたんですか。というよりも脚本誰が書いたんですか」
「あー。君の侍従のハンスっていただろう? 彼の才能は素晴らしいね」
登場機会がないから忘れられていたかもしれないが、リンとともに私についてきてくれた侍従のハンス。
――――こんなところに思わぬ伏兵がいるとは!
よく考えれば、脚本家はハンス! そのままじゃないか!?
ああ、もし気がついていたら止めていたのに。
どう考えても、私が眠っていた一週間くらいの間に書きあげられるボリュームじゃない。
つまり、以前からの計画的犯行……。
そうこうしている間に、劇は始まった。そして、私は約二時間、羞恥心で悶え続けることになる。
✳︎ ✳︎ ✳︎
私が悶え続けて、約一時間半。物語は、佳境に入っていた。
戦場の丘の上に立ったヒロインが、その瞳の力を使う。
誰も彼もが、魔力を失い戦いの手を止める。
『キース!!』
しかし、キースは敵の刃に倒れてしまう。駆け寄ろうとしたヒロインが、途中で止まる。そう、ここは事実と同じだ。それは認める。
しかし問題はその後だった。
『キース、愛しています。私のすべてはあなたのために』
「ふぁっ?! 言ってない! 言ってないよそんなこと!」
両手で顔を塞いでいるのに、指の隙間から見ずにはいられないらしい可愛い妻を、リーフェン公爵は隣で存分に堪能していた。
「しかも何で、登場人物の名前キースとアンナなのぉ! 恥ずか死ぬ!!」
「これが見たかったと言っても過言ではない……」
この後、二人は手を取り合って戦場から去る。
その後、二人がどこに行ったかは誰も知らない。
「――――うっ、キース!!」
素直すぎる妻が、涙をぼろぼろ流すのを見て、リーフェン公爵も少しもらい泣きした。この後の展開に関しては、魔眼の秘密を広めてしまうためあえて脚本には載せなかった。
このあと、やりすぎてしまったリーフェン公爵は、私に本気で怒られるのだが、「はぁ。ルティアの反応が可愛かった。続編」とつぶやいていたので、まったく懲りてはいないようだ。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




