第三話 幼馴染と別離。
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「アンナまって!」
「キース早く!」
二人は走っていた。
今日は、王国から来た魔術師に自分の持つ祝福や魔力を調べてもらえる15歳の記念日だった。
子どもたちは、誰もがこの日を楽しみにしている。
もちろん、大人としてようやく認められた私たちも、この日を心待ちにしていた。
「これから先、どんなことがあっても一緒にいよう」
それが、大人になった誕生日に私にくれたキースの言葉だった。彼の瞳の色をした石がはまった腕輪とともに、大好きな幼馴染からそんな言葉を貰った私は嬉しくて、ボロボロ涙をこぼしながら何度もうなずいた。
珍しい赤い瞳をしているけれど回復魔法が使える私と、だれよりも剣が得意なキース。
田舎の村では、私たちが王都で出世し仲良し夫婦になるだろうとみんなが言っていた。
「キースは、すごい能力があったらどうするの?」
「そうだな。王都で騎士になるかな」
「素敵だね。キースならきっとなれるよ」
「――――ついて行くって、言ってくれないの?」
私は、幼馴染の言葉に思わず笑ってしまった。
「ついて行くに決まっているでしょ? 傷ついた時はお得意の回復魔法で治してあげるから」
「ふふっ。でも、アンナは俺が傷ついた時にはいつも泣きながら回復魔法掛けるからな……。できるだけ怪我はしないようにしているんだけど」
私は、頬が赤くなるのを止められなかった。
どんなに、魔法が使えても、大好きな幼馴染が傷つく姿を見るのは、やっぱりつらくて悲しい。
そんなの、キースが好きだと言っているようなものだ。
「じゃ……。傷つかないように約束してよね」
――――私は、やっぱりあなたが傷ついたり苦しむ姿は見たくないから。
そんな、甘酸っぱい幼い初恋。それはいつか、幸せな未来を紡ぐはずだった。
それぞれが、魔術師から自分の持つ能力について知らされるその瞬間までは。
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15歳のあの日。自分の忌まわしい能力を知った私は、逃げるように故郷をあとにしていた。
魔術師からキースは膨大な魔力をその身に持つことを告げられて、魔力解除の儀式を受けた。
剣が得意で魔力も膨大。王都の騎士になる試験も十分受かるだろうと言われて、それを聞いた私はわがことのように喜んだ。
でも、戻ってきて私と目が合った瞬間、確かに幼馴染は嬉しそうに笑ってくれたのに、なぜかその時から急にひどく顔色が悪くなる。
不審に思いながらも、私の順番が来たため後ろ髪引かれる思いで、私は魔術師がいる部屋に入っていった。
入った瞬間、魔術師が声を荒くした。
「この呪われた瞳の少女を部屋から出せ!」
――――呪われた、瞳?
確かに私の瞳は、赤くて珍しい。この村にも赤い瞳なんて一人しかいないから、いじめられることもあった。
そんな時にも、いつもキースが年上の子にすら戦いを挑んでいつも助けてくれたけれど。
別室に連れていかれた私に、騎士の一人が説明をしてくれた。
「アンナと言ったか。――――残念だが、君の瞳は魔力を持つ人間から魔力を奪ってしまう魔眼というものだ」
――――なるほど。だから魔術師は焦ったように強い口調で私を追い出したのね。
「魔力の無い人間には、何の害もない。この小さな村には、魔力を持っている人間がいないから、今まで気が付かれなかったんだね。ちなみに俺も魔力がない。だからアンナと普通に話をすることができるけど」
「そう……ですか」
幸か不幸か、私が魔眼の持ち主であることは、小さな村にいたせいで今日まで気が付かれなかった。
そこで私は、恐ろしい事実に行き当たる。
――――キースは、膨大な魔力を開花させた。
血が出るほど強く手を握りしめ、私は騎士に質問をする。その答えはわかり切っているのに、それでも最後の希望をかけて聞かずにはいられなかった。
「……幼馴染のそばにいたら、どうなりますか」
「キースと言ったか。――――気の毒だけど」
その言葉だけで、もう私の心はひび割れたみたいになってしまった。そのあとも、騎士は親切に私の魔眼について説明をしてくれた。
魔力を吸い取ってしまう代わりに、吸い取った魔力を使って私の場合は強力な回復魔法を使うことができるとか、魔眼の持ち主は軍の魔法使いとして勤める決まりになっているとか。
そんなこと、どうでも良かった。
幼馴染の傍にいることができないなら、どんな恩恵があっても私には意味がないから。
「この話は……。もう誰かに伝わってしまいましたか」
「いや、国の重要機密の一つだ。まだ、誰の耳にも」
「お願いがあります。村を出るまででいいんです。私の恋人役をしてくれませんか」
「――――え?」
騎士様は、その亜麻色の瞳を大きく見開いた。
「真実は誰にも知られずに、この村を出たいんです。お願いします。……何でもしますから」
優しい騎士様は、ディル様という名前だった。
「何でもするとか、男に言ってはいけないからね? ……でも、どちらにしても国の決まりで君のことはこの村から王都へ連れて行かないといけないから……一芝居打つくらいはかまわない」
「ありがとう……ございます」
その日私は、村人たちの前で「ディル様と恋人になりました!」と無邪気な笑顔を装って宣言した。村人たちは騒然としていたけれど、その中でもキースは特に悄然とした様子で私に詰め寄ってきた。
「どうして! 俺とずっと一緒にいるって言ったのに」
「ディル様に一目ぼれしてしまったの。ディル様も私が好きだって。私この人と結婚するわ」
「――――アンナ」
絶望したような表情のキースから目を背ける。あまり彼を見つめるのは良くないだろう。大好きだった、金色のその目を見ることができないのがとても悲しいけれど。
「――――行きましょう。こんな貧乏な村にもう用はないわ」
荷物もほとんど持っていく必要はなかった。それに、去年私の両親は流行病でいなくなった。
家族ぐるみで仲の良かったキースの両親にお世話になりながら、私は回復魔法を日々の生活の糧にしていた。
軍所属の魔法使いの生活は、国に保証される。
それでも、一つだけどうしても置いていけないものがあった。
それは、キースから貰ったキースの瞳の色をした石がはめ込まれた腕輪。
それだけを腕にはめて、私は生まれ育った故郷を後にした。
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