第二十六話 名前で呼んで欲しいんですか。旦那様?
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なぜか、王宮に行くのに、公爵家の馬車は使わないらしい。屋敷の前には、普通の馬車が停まっていた。
「あとで乗り換えるから」
そう言って、なぜか意味深に笑うリーフェン公爵。
リーフェン公爵の出立ちは、黒い騎士の正装。金の房飾りも、その瞳に映える。そして何故か、沢山の勲章と共に私の瞳の色をした、例のお蔵入りしたはずのブローチが添えられている。
真っ黒なローブをまとっている私は、我ながら魔女みたいだと思う。そしてへこむ。
首元に手を入れ、そっとリーフェン公爵の瞳の色のような宝石のペンダントに触れると、少しだけ自信が回復した。
そう。私だってローブの中は、王宮仕様。見えないおしゃれというやつだと、無理やり納得する。
馬車は、急勾配の坂を登っていく。
そしてガタンと一度だけ揺れた後に、目的地に到着した。
「ここは?」
「うん、一番俺が好きな景色」
リーフェン公爵が、朝日の中で笑う。
こんなふうに、魔力を奪われず、元気に笑うあなたを見るのはどれ位ぶりだろうか。
そして、どれだけそれを願っていたか。叶って初めて気づくことがあるなんて……。
「また泣きそうになっているの? 俺としては、その泣き顔好きだけど。特に俺が泣かせていると思うと……」
「ひどい」
「……だって、嬉し涙だろう?」
リーフェン公爵が、膝をついて私を見上げる。金色の瞳の中に、泣きそうな顔の私が映り込む。
こんなに長い間、見つめ合っていたことが今まであっただろうか。
――――ううん。幼馴染だった時から、初めて。
「その見た目、何もかも全て好きだけど……。その瞳が一番好きだ。ルティア」
「旦那様?」
魔眼だということが分かってから、この瞳を褒められたことなんてなかったのに。
「ずっと見ていたい。魔力が空になってもいいと思ってしまうほど魅力的だ。……あと、名前で呼んで」
「旦那様……」
「リーフェンと……。もう一度ルティアの声で聴きたい」
キースのことは、名前で呼んでいた。それなのに、リーフェン公爵の名前は呼ばないのは、魔眼が安定しなくなるからで……。
魔眼の力を半日だけでも抑えてくれる、このローブをまとった今この瞬間だけは、その言い訳が通用しない。
たった、名前を呼ぶだけのことを何故こんなに躊躇うんだろう。
「このままだと、夜に何度も呼ぶことになるよ?」
「えっ?」
「……」
それは何故か、とても恐ろしいことに思える。何故だかわからないのに、今言っておいた方がいいと何かが私に警告している。
「リー……フェン」
「もう一度」
「リーフェン!」
「うん、君のリーフェンだ」
そのまま、手の甲に口付けがそっと落とされる。
「俺と結婚して……ルティア」
「もう、してるじゃないですか」
「今の関係じゃ足りない。それにちゃんと言っていなかった」
リーフェン公爵が、立ち上がる様子はない。
跪いたまま……まるで懇願するように。
「返事をくれないか。できれば肯定を」
「はい。私と、結婚してください。旦那様」
「……リーフェンだよ。あとで覚えておいで?」
そんなことを言いながらも、やっと安心したみたいに笑って、リーフェン公爵は立ち上がり、私を抱きしめた。
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