第二十三話 若き公爵は魔眼に魅入られているらしい。
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その日ミスミ騎士長は、諜報活動から帰宅した。
「それで……奴らの動きはどうだった」
アイシュタール公爵家は、三大公爵家の中でも比較的新しい。それでいて、どこよりも力を伸ばしている。その、若き当主リーフェン公爵は、その地位を盤石なものとしつつあった。
「いつも通り、暗躍していました。そうそう、あの商会とのつながりも掴みましたよ。あと神殿の一部の……そういえば」
「なんだ」
それだけの情報を得ても、眉一つ動かさない我が主。
この情報も、無表情のまま受け流すのだろうと予想して、言葉をつなぐ。
「王宮にいる第三王女……魔眼を持っているらしいです」
その瞬間、優雅に紅茶を飲んでいたリーフェン公爵が、持っていたカップを落とした。
今まで、一回もそんな理由で壊れたことのない由緒正しい器は一瞬で粉々になる。
「魔眼……?」
「え、ええ。伝承の魔女と同じ、赤い瞳の魔眼らしいです。ということは、周囲の魔力を」
「――――調べろ」
「え?」
未だかつて見たことの無いほど、鬼気迫る様子のリーフェン公爵に、ミスミ騎士長は思わず後ずさりする。その金の瞳は、今まで何を見ても興味を持っていないかのように光を失っていたのが嘘のように、常夏の太陽のように輝いていた。
「魔眼を持った姫のことだ。すべて調べろ。――――命令だ」
リーフェン公爵は、ミスミ騎士長に命令することがない。ほとんどの場合「お前が自主的に行動したほうが、大概良い方向に転ぶ。好きにしろ。それにお前とは対等でいたい」としか言わない。
――――どういうことだ。どうしてここまで魔眼を持っているらしい姫君に執着する?
魔眼に魅入られてでもいるのかという思いが頭をよぎったが、リーフェン公爵に限ってそれはないだろうと頭を振る。
しかしそこまでの執着を見せられれば、俄然やる気になる。そして真実がどこにあるのか、気にもなる。むしろもう、気になって眠れそうもないレベルだ。
俺はさっそく、元の場所に舞い戻り情報を集め始めた。
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あの日から、我が主の様子は少しおかしかった。
急にため息をついてみたり、カップをやっぱり割ってみたり。
もちろん、社交の場や戦場では今までと全く変わらないから、周囲の人間は気が付かなかったかもしれないが。ミスミ騎士長と二人きりの時、そしてふとした瞬間の様子は、まるで……。
――――まるで……恋に落ちた人間みたいじゃないか?
それに、魔眼を持った姫を調べれば調べるほど、彼女へのリーフェン公爵の執着を知れば知るほど、違和感が大きくなっていった。
公爵家の使用人は、魔力の無い者だけが集められている。
執事長や侍女長、そして護衛騎士まで。
魔法が無ければ不便だ。そして、強さは魔力に比例するとまで言われているこの王国で、変わり者だと言うレッテルを張られてまで、魔力の無い人間ばかりを集めるのはもしかして……。
魔眼の姫は、実在した。そして、姫の魔眼はやはり伝承の魔女と同じ、相手の魔力を奪ってしまう類いのものだった。
それを伝えた時、我が主はつぶやいた。
「俺の力を削ぎたいという神殿の連中……。一部は魔眼の姫の情報を持っているな?」
「え、ええ……」
「そいつらの情報を操作しろ。俺の足かせになるように、魔眼の姫を降嫁させる方向に」
やっぱり、なぜなのかはわからないけれど、リーフェン公爵は魔眼の姫の実在を知る前から、彼女を迎え入れる準備を整えていた。それはもう、確信に近かった。
それがなぜなのか、霧の中のようにその輪郭はおぼろげだったけれど。
「――――魔眼の姫が彼女かもしれないなんて、くだらない妄想なのかもしれない。……だが、これ以上俺の前で、あの美しい瞳を曇らせたりしない。たとえ、姫が彼女ではないのだとしても俺は」
リーフェン公爵の言葉は、ミスミ騎士長に聞かせるためのものではないだろう。だが、その言葉はあまりに切実で、あまりに魂から生まれた願いのように真摯だった。
「今度こそ、手に入れる。そして……今度こそ幸せに」
それには、激しく同意する。
なぜ、自分がそう思うのか理解できなくても、ミスミ騎士長もその考えに強く同調した。
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