第二十一話 冗談はやめてほしいです。旦那様?
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目を覚ます。いつもの見慣れた、私たちの部屋だった。
「ルティア!」
なぜか、かなり疲れをにじませたリーフェン公爵が、私の顔を覗き込んで私の名前を呼んだ。その目が赤くなってしまっている。
――――泣いて、いたのかしら。
「無事ですか……。良かった」
助けられてよかった、キースのこともリーフェン公爵のことも。
たしかに、あの後、前世では私は幸せにはなれなかったかもしれないけど。
今は、また大好きな人は、私の傍にいてくれる。
「――――ごめんなさい?」
「どうして謝るの」
「だって、私が余計なことしたから、旦那様の名誉を……」
「――――そんなことどうでもいい。それに名誉というならば、逆に今までで最高値まで上昇してしまったよ」
魔女に助けられて、名誉が上がるなんてことあるはずないのに。
――――冗談を言っているのだろうか。こんな時に?
ふらふらとする体を起こそうとすると、リーフェン公爵が背中を支えてくれた。うん、だいぶまだ痛い。前回の経験上知っている。これはかなり長期間痛いやつ。
「こんな時に冗談を言うなんて。それで、私の噂はどうなりました? やっぱり魔女ですか」
「――――冗談ではない。君が眠ってしまってから一週間経った。ルティアは、今や聖女のモデルとして人気の舞台に登場しているくらいだから」
「うん?」
どうしたのだろうか。やっぱり、魔力を吸い取られていたのに無理に走ったから、少し記憶に異常をきたしているのだろうか。
「俺の記憶は問題ないからな? ……残念ながら真実だ」
「はあ……」
ところで、一週間近く私と一緒にいたらしいリーフェン公爵、眠っていたから魔眼の影響はほとんどなかったと思うけれど、大丈夫なのだろうか。
「あの旦那様、お身体は」
「俺のことよりも、自分の心配をして?!」
なんだかものすごい勢いで怒られている気がする。
どうしてなんだろう。せっかく助けてあげたのに。
リーフェン公爵は、黙ってうつむいてしまう。
怒ったり、落ち込んだり、忙しい人だ。
「――――ルティア。あの時、やっぱり俺のことを助けてくれたんだよね」
「助けに行ったの見ていましたよね? なにを……」
――――あの時?
あの時って、もしかして夢の中で見た、あの時のことを言っているのだろうか。
「あれは致命傷だ。確実にあの傷でキースはすぐに死ぬはずだった。……俺の記憶は、まだ断片的だから……。ルティアと初めて一緒に過ごしたあの晩、寝言を聞いてから、ずいぶん思い出しはしたけど、まだ今もあの傷を受けてからの記憶は曖昧だ。――――ルティアは、覚えているの?」
「旦那様……」
――――私は、はっきりと覚えています。旦那様が忘れてしまっていることも。それに、たぶん思い出さない方が幸せなこともあると思う。あのあと、私たちは。
少しだけ、旦那様の私への対応が一晩で変わってしまった理由が理解できた気がした。
「アンナに恋い焦がれながら、同時にアンナは俺のことを好きではなくなって裏切ったと思い込んでいた。それなのにアンナが狙われていることを知ってしまえば、どうしても助けに行くしかできなくて」
「それで、あの時、あの場所にいたんですか」
「死ぬとわかっていて、それでも会えたのがうれしくて君に笑いかけられる程度にはアンナのことを愛していたから」
たしかに、キースはあんな中でも、目が合った瞬間私に微笑みかけた。その微笑みからは、憎悪なんてただの一つも感じられなかった。
あの後、もう一度キースと会っている。
そのことをリーフェン公爵は、はっきりと思い出せないという。
そのことも衝撃的だったけれど、リーフェン公爵の行動から予想していたことでもあったので、そこまでの衝撃ではない。それよりも私にとって大変な事実は……。
「ところで、寝言って……?」
「結婚した後、ルティアに魔法で眠らされたあと、俺の方が先に目が覚めた。そうしたら」
どうも私は、寝言でキースのことをしゃべっていたらしい。
「ルティアの寝言は可愛らしかった。『キース好き』『あなたを守りたい』『私がそばにいたらあなたのためにならない』……それから」
「ひぃっ! もういいです! もういいからやめてくれませんか、旦那様?!」
「――――どうして、こんなに可愛い幼馴染を信じ続けられなかったんだろう。どうして、嫌われていると信じ込んでいたんだ。……愚かな俺のこと、もう嫌いになってしまった?」
リーフェン公爵はズルい聞き方をする。まるで、キースみたいな性格をしていると思う。
「嫌いなわけ……」
「愛してる?」
「あっあいして?!」
「寝言では愛してるって言ってくれたのに」
幼馴染は、時々とても意地悪になる。愛しているなんて言うはずない。
――――本当に言わなかっただろうか。思ってないって言えるだろうか。
胸に手を当ててみる。正直に言うことができなかったこの気持ちは、私の中に確かに存在する。
「――――好きですよ。旦那様?」
「ま、言ってくれるはず……えっ?」
「えっ?」
その瞬間、リーフェン公爵が耳まで真っ赤になるのを間近で見てしまった。
それは、まるで時々私が素直になった時に見せるキースの反応そっくりだった。
笑ってしまった私の唇は、まだ少し赤いままでいじけたような表情のリーフェン公爵に塞がれた。
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