第二十話 魔女は彼の人のために魔眼を使う。
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戦場は混乱を極めていた。
私は短い仮眠から目を覚ます。
今回は、幸せというよりちょっと壮絶だったわ。
まるで、今の私みたいな状況。
でも、あの人を助けることができたらしい夢の中の自分が誇らしい。
私にはきっとできないから。
眠っている間は、私の魔眼は力を失ってしまう。だから、出来る限り短時間しか眠らないようにしている。そうでなければ、私の周囲の隊員たちは、魔力を持った人間に殺されてしまうから。
「――――もう少し眠っていてもいいのに」
そう言って、笑いかけてくれたディル様は、すでに傷を負っていた。
「寝ている間に、怪我している人に言われたくありません」
私は手早く回復魔法をかけ、その傷を治療した。
徐々に戦場は、入り乱れて、敵も味方もわからない状態になる。
それでも、私の周りだけは魔法が使われることがないから、大規模な死者は出ていない。
私は、小高い丘の上に立った。
「弓矢に狙われます……目立たないでください」
最近では、私を殺すためだけに大規模な弓兵の隊が結成されているらしい。
それも、私を守ろうとする味方の騎士たちによって、倒されていると聞いた。
その中に、戦闘で戦うあの人の姿もあったと……。
「キース、どうしてそんな無茶をするの」
私はひとり呟いた。すでにキースは、頭角を現して英雄との呼び名も高い。富も、名声もすでにある。最前線に突っ込むような戦い方をする必要もないし、してはいけない存在だ。
それなのに、風の噂に聞くキースの戦い方はいつもまるで……。
「どうして……」
その時、私の肩口に一本の弓矢が突き刺さった。
「――――下がりましょうか」
私の周りには、魔力は持たないけれど、心強い騎士たちがいる。その防衛網をかいくぐって、私に傷をつけられるなんて相当の腕。
刺さった弓矢を無造作に抜くと、痛みとともに赤いしぶきが散る。
その傷に回復魔法をかけて、その場を去ろうとしたときに、私はその姿を見た。
――――見てしまった……。
「キース……どうしてそんなところで戦っているの」
キースの部隊が、私の立つ丘のすぐ下で戦闘を行っていた。
いくら、戦場が入り乱れているとはいっても、魔力の高い人間が多いキースの部隊は、私たちの部隊の近くには寄らないように慎重に動いていたはずだ。
――――戦況が、おかしい。追い込まれているの? それとも。
その時私は気が付いた。キースの部隊が戦っている相手の後ろに、大規模に組まれた弓兵の部隊がいるのを。
――――いやな予感がする。
あの部隊の規模はおかしい。確実に、標的が定まっている。
その時、戦場から「魔女を倒せ」という声が聞こえてきた。
「ああ、そうか……そうなのね」
あの部隊は、私とこの部隊を標的にしている。
このままでは、弓矢に対しては不利なディル様と仲間たちは全滅してしまうだろう。
そして、それ以上に気になるのがキースの部隊だった。
確実に、戦場に深入りしすぎている。いつも確かに、誰よりも戦闘で矢面に立つようにキースが戦っているというのは聞いていた。それにしても、様子がおかしい。
「まさか、私のせい?」
自意識過剰だと思う。私は、キースのことをひどい言葉でしかも、魔眼で魔力まで奪って追い払ったはずだ。
それでもあの時の幼馴染の笑顔が、いつもくれた言葉が、その考えがきっと真実なのだと私に警鐘を鳴らす。
その時、キースと目が合った。
大好きなキースの、暖かくて力強い魔力が、急速にその瞬間から私に流れ込んでくる。
それは、戦場の真ん中にいるキースにとっては、戦う力を失って、容易に敵に傷つけられてしまうほどの急激な魔力の減少。
「やっ、やだ! キース」
その瞬間、キースの背中が斬られるのを見た。
それでも、キースは私の瞳から目をそらさずに……微笑んだ。
私は戦場を駆けていく。弓が何度も刺さったけれど、それすら気にせずに。痛みなんて感じなかった。ただ、キースの傍に行きたかった。
「そんなの……そんなの許さない」
景色が禍々しい色に染まっていくように見えた。
戦場から、すべての魔力が奪われていく。
私の魔眼は、怪しく赤く光り輝いて、すべての魔力が私に流れ込んでくる。
体が悲鳴を上げても、ただキースのことを助けたい。その気持ちだけが私の体を突き動かした。
「……キース」
少しだけ離れた場所に、倒れる幼なじみ。
でも、近くに行くことはそれ以上出来ない。
魔力を枯渇させてしまえば、それこそ助からないから。
少し離れたその場所で、私は深く息を吐き出した。
回復魔法の行使。死んでしまいそうな人間を助けるためには、想像もできないほどの魔力を必要とする。回復魔法の限界点と呼ばれている致命傷をおそらく超えてしまったキースの傷。
――――大丈夫。その魔力は今ここにあるから。
キースの体を回復する。内臓が焼けるみたいに痛んで、過度な負担がかかったことで、鼻から血が流れ落ちる。それでも、たぶんこれでキースは大丈夫……。
私は、乱暴に鼻から流れた血を拭うと、ついてきてくれたディル様を振り返って微笑む。
「お願い。あの人を守ってください。一生の、お願いです」
「アンナ……。どうして素直にならなかった。きっと他に方法はあったのに」
「――――どうしてでしょうね。でも、今となってはもう遅い」
私は、周囲の魔力を吸い取りながら、味方の陣をあとにする。
この後の歴史で、戦場の魔女は敵も味方も区別なくその魔眼を使った悪女としてずっと語り継がれるに違いない。
敵も味方も、次々と倒れていく。
――――これは、軍法会議でも確実に有罪ね。
ディル様とその部下たち、そしてほんの一部の人間以外、全員動くことができなくなった戦場の真ん中。出来る限り、キースから離れたその場所で、私は地面へと倒れこんだ。
この後にも、まだ運命は終わってくれないことも知らずに。
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