第十八話 黙って待つわけないですよ。旦那様?
✳︎ ✳︎ ✳︎
ミスミ騎士長とリーフェン公爵は、ひそかな連絡手段を持っているらしい。
それが、最近私が掴んだネタだ。
だって、何かしらやらかしてしまった翌日には、なぜかリーフェン公爵から手紙が届く。
「――――あまりやんちゃばかりしないように」
その言葉で今回の手紙は締めくくられていた。ちなみに、その途中の内容は、『君の髪に似合いそうな花を見た』とか『君の瞳そのもののような宝石を見つけた』など、リーフェン公爵大丈夫? 戦場が凄惨すぎておかしくなってしまったの?! と言いたくなるような内容ばかりだった。
私は、リーフェン公爵から贈られてきた宝石箱に手紙をしまった。
ちなみに、この宝石箱には、私の瞳と同じ色味をした赤い宝石がぎっしり詰め込まれていた。
執事長のフォードを呼んで、すぐ宝物庫にしまってもらったのは言うまでもない。
――――明らかに、どこかから情報が洩れている。
そして、周囲を見渡してみても、私の失敗を間近で見ている人間と言えばミスミ騎士長しかいない。リーフェン公爵とミスミ騎士長のどこか怪しげな親密さから考えても、そこから情報が漏えいしているとしか考えにくい。
「今日こそ、情報伝達の秘密を掴んで見せる」
私は、そう決意した。
ミスミ騎士長が、私の傍から離れるのは、決まって夕方。食事の支度ができる直前だ。
私は、料理長のケイルに厨房にいるように口裏を合わせてもらうことにした。
戦場の魔女、そして神出鬼没の魔女と恐れられた私にかかれば、情報が受け渡される現場を掴むなんて簡単だ。
魔女という言葉に、少しだけ落ち込みながらミスミ騎士長を探す。
その時、どこか珍しく冷静さを欠いたミスミ騎士長の声が聞こえてきた。
ドアに張り付く。これで会話は筒抜けだ。
――――え?
「どうして、どうしてそんなに追い詰められているんですか?!」
――――旦那様?
「は? 最高火力の魔法使いがいた? あとは頼んだ? ふざけているのかあんた」
世界が、恐ろしく禍々しい色に塗り替えられていく。
ああ、そういえばあの時もこんな風に景色が塗り替えられていった。
世界から、あの人が消えてしまったら、私は生きていけないのに。
私は踵を返して走り出す。王宮から持ち出してきた、数少ない持ち物。その中に、こんな時のために用意していたローブがある。
少しの間だけ、私の魔眼の力を押さえてくれる。
父親である陛下が、私に用意してくれた唯一にして最も高価な嫁入り道具。
「お父様……ありがとうございます」
出来るだけ身軽な服装に着替えて、その上にローブを着込んだ。
厩舎にいる馬を次々に見定めていく。一頭の馬と目が合った。それは、かつての私の愛馬によく似た葦毛の馬だった。
「お願い……旦那様のところまで付き合ってちょうだい」
私は、薄暗くなりかけた庭園を馬に乗って駆け抜ける。
旦那様……私が行くまで無事でいてください。
――――たとえ、もう一度、魔女と呼ばれるようになっても構わない!
ただ、大好きな人を守るため。
私は、初めて自分から屋敷の外へと飛び出した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
リーフェン公爵が置いていった魔道具は、国宝級の品だ。本当は、戦場で使うことで威力を発揮する。この魔道具の力が、俺たちの強さの理由の一つでもある。
「――――え?」
通信を切って、どうすべきか思案していた時、かすかな物音がした。
慌てて、周囲の気配を拾い取る。
予想通り、ルティアが外へ向かって駆け出していく気配がした。
――――聞かれた。
血の気が失せる感覚とともに、今後の展開を容易に予想できた。
ルティアが、リーフェン公爵のためなら、どんな無茶なこともためらわずしてしまうことを、なぜかミスミ騎士長は遠い昔から知っている。それはもう、予想というよりも確信に近かった。
最低限の荷物だけ掴んでミスミ騎士長は、ルティアのことを追いかけた。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。




