第十三話 完璧な夕食です。……食べませんか?
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「完璧だわ!」
私は、出来上がったご馳走を前にテンションが上がっていた。もちろん、私一人で作ったのではないけれど、あとは焼き上げるだけのアツアツで出す予定のグラタンも、冷たいジャガイモのスープも、トマトの前菜も、ひんやりプルプルのプリンも! 全部が、幼馴染の大好物ばかりだった。
「奥様が作るものは、少し変わっていますね。この国の伝統料理ですが、少しだけ古い料理書に載っている郷土料理のレシピにも近いような……」
「――――そうよ……。王宮の本で勉強したの」
そういうことにしておこう。前世でよく作っていたなんて笑われてしまうだけだ。
「さすがです。奥様」
料理が完成したのを見計らったように、後から侍女長のマリーが声をかけてくる。そして、その横にはリンもいる。
「え? ……あの」
私は、料理完成直後にお風呂場へと連れ去られた。
「あの、ちゃんと庭いじりのあとにはお風呂に入ったけど?」
「汚れを落としただけではありませんか! こんなに日焼けして! このままでは、旦那様に私どもが叱られてしまいます」
「ううっ……。申し訳ないです」
たしかに、広い花壇とお願いしたらすぐに手に入る道具や種、そして苗にテンションが上がりすぎて一日楽しく過ごしてしまったのが否定できない。
「謝る必要はありません。でも、この後は私どもにお任せくださいませ」
そう言われてしまえば、これ以上私に反論の余地などない。黙って磨き上げられるしかなかった。
――――それにしても。
用意されているバス用品、化粧品。何もかもすべてが超一流の品だ。
はっきり言って、自分の足かせのためだけに降嫁されてきた姫のためにここまで用意するなんて、リーフェン公爵くらいしかいないだろう。
私としては、離れの一室を与えられて、生きていればいい程度の待遇を覚悟してここに来ていたので、あまりの幸せさと待遇の良さが今でも信じられなかった。
姫と言っても、部屋から出ることもほとんど叶わずに冷遇されていた日々を思えば、ここは天国だ。
バスルームから出たあとも、さらに全身に香油を塗りたくられた。どうして今日はこんなにも気合いが入っているのか。
「あの……。ここまで気合いが入っているのはいったい」
「旦那様が、ここまでヘタレだとは思ってもいませんでした」
「え?」
「こんなにお美しい奥様を前にして、手を出すこともなさらないなんて! 悔しくはないのですか奥様。今日、旦那様がお帰りになったら驚くほど磨き上げて差し上げます」
え? たぶん、私とリーフェン公爵はそんなのじゃないからいいのに。とはとても言える雰囲気ではなく。そして、何もなかったことがばれている羞恥でとてもじゃないけど、返答のしようがない。
その上、これだけ準備したのに。早く帰ってくるって言ったのに。リーフェン公爵ときたら帰ってきたのはまた夜遅くになってからだった。
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「遅くなってごめん。許して、ルティア」
「――――旦那様、私は少し怒っています」
「すまなかった。待たせてしまって。こんなことなら、先に食べておくように言うべきだった」
「違いますよ」
「え?」
そもそも、こんな風に自由に幸せに過ごさせてもらっておいて、少し待たされたと言って私が怒るはずないではないか。
「違います。待っているなんてどうってことないです。それよりも……無理しすぎではありませんか? 旦那様、このままじゃ体を壊してしまいますよ」
しかも、魔力を大幅に封じる魔道具のせいで、リーフェン公爵は普段無意識に魔力を使って行っている自己治癒力も下がってしまっているに違いない。
少しだけ、涙が出てしまった。泣いたついでに、回復魔法をリーフェン公爵にかける。
「……失念していたな」
「なにが、ですか」
「そうやって、泣きながら俺に回復魔法をかける君は、なぜかひどく魅力的だってこと」
「――――何言っているんですか」
私は、思わず冷たい目で元幼馴染を見つめた。今だけ、あの頃のような時間が流れているように錯覚してしまう。そんな目で見られた上に、魔力まで奪われているくせにリーフェン公爵はなぜかうれしそうに笑った。
そう、時々幼馴染は怪我をしてきたくせに泣きながら回復魔法をかける私を、ひどく嬉しそうに見て今みたいな台詞を言うことがあった。
「あの頃のまま時間が過ぎてきたみたいに、錯覚してしまうな」
そうだって言いたい。でも、そう言うには私がしてきたことは許されない。
少なくとも、私は許せない。
「――――許されないことをあなたにも、周囲にもしてきました」
「本意ではなかったって、今ならわかる」
「――――相変わらずバカな人ですね。すぐに騙されてしまいますよ」
そう言うのがやっとだった私を息ができないくらい強く抱きしめて「うん、騙されたよ。……騙されてしまって本当の君を信じ続けなかったこと、すごく後悔している」そう、リーフェン公爵は呟いた。
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