第十二話 旦那様のいない間の妻の行動は筒抜けのようです。
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「奥様、少しの間離れます。我が主に報告することがありますので」
「そうなの? 忙しいのに、こんなことに付き合わせて悪かったわ。気をつけて行ってきて」
そう言って泥のついてしまった顔で笑うルティアは、やっぱりミスミ騎士長のことをほんの少しも疑っていないように見受けられる。
「調理中に火傷などしないでくださいね。我が主に私が叱られます」
「……子どもじゃないんだから」
それでも、なぜか新しい主ルティアはとても危なっかしい。守ってあげなければいけない、そしてなぜかすでにとても大きな恩義がある。そんな気持ちにさせられる。
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「――――まさかそれで、一日中庭いじりをしていたのか?」
「ええ……庭師にまで教えを乞うていました。午後になってようやく、我が主の夕食を今日こそ豪勢に作る! と意気込んで屋敷に戻られましたが」
ミスミ騎士長は、リーフェン公爵の命に従い、今日一日のルティアの行動を報告した。
二人の間に沈黙が流れる。
リーフェン公爵は、眉間を押さえた。
ルティアの傍で護衛してその日の様子を報告するようにという命を受けた時は、やはり新しく来た魔眼の姫を監視するようにという意味なのかとも思った。
しかし、こうなってくるともしかしてリーフェン公爵は、愛妻の一日を知りたいだけだったのではないかという思いが拭いきれなかった。
「商人に好きなものを頼んでもいい、どんな贅沢も許すと。……好きなように過ごすように伝えたはずだが?」
「しかしながら……最高です! 最高に幸せです! と連呼しておられました」
「……相変わらず、最高に可愛くて……バカだな」
眉間を押さえたままの、リーフェン公爵が思わずといった感じで笑った。
――――誰が、こんな風にリーフェン公爵が笑うなんて想像できるだろうか。
戦場に立てば、敵にとっては鬼神のような強さがあまりに恐ろしく、味方にとっては心強いが誰よりも厳しくて遠巻きにされている存在が。そして、貴族社会でもその地位、立場、権力も富も、名声もすべてその手に掴み、いつも仮面をかぶったような微笑みしかしないリーフェン公爵が。
リーフェン公爵を良く思わないがゆえに、魔眼の姫を押し付けた貴族たちも、そのことでリーフェン公爵がこんな風に笑うなんて予想だにしなかったに違いない。
笑った後に、なぜかとても切なそうに顔をゆがめたのも気になるが……。初対面のはずの二人には、なにか他人にはわからない絆、あるいは因縁のようなものがあるようだ。
「それでは、私は護衛に戻らせていただきます」
「ああ、今日は出来るだけ早く戻ると伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
ミスミ騎士長は、花のように笑い、蝶のように舞う、新しいもう一人の主人に思いを馳せる。時々、とても悲しそうな表情をするのは、我が主にそっくりだ。
なぜだろう、二人には幸せになってほしい。そう思った。
「なぜだろう。初めて、我が主に出会った時に感じた、どうしても恩を返さないといけないと思う焦燥感……。奥様にも同じように感じるのは」
目を離すと何をするかわからない、危なっかしい新しい主人を思って、ミスミ騎士長は急ぎ足に王城を離れた。
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