第一話 再会ですか。旦那様?
――――旦那様は結婚式の真っ最中に、記憶を取り戻したらしい。
新婦である私の目の前にいる新郎は、氷のような美貌も、誰よりも強い剣技も、金色の瞳と黒い髪をした整った顔立ちも。すべてが完璧な、王国の守護者リーフェン・アイシュタール。
誓いのキスを目前にして私のベールをあげたリーフェン公爵がなぜか瞳を見開いた。
結婚式の当日に、初めて直接会った私達。
ベールをしたままだったこともあって、お互い顔をしっかりと見ることもなかった。誓いのキスをするこの瞬間まで。
どうしよう。相手も気が付いているみたい。
この人は間違いなく……。
私は、王宮の外に出たことがない。姿絵さえ出回っていない。
それはひとえに呪われた赤い瞳を持つからだ。
魔眼の姫。それが今の私が持つ唯一の称号だ。
「……アンナ」
震える唇が、私のなつかしい前世の名を呼んだ。
「キース……」
私が呼んだのは、おそらく彼の前世の名前だ。
だって、この瞬間になるまでなぜ気が付かなかったのかがわからないくらい、彼の表情はあの日のままだったから。
眉を寄せた表情も、別れた当時の姿そのままに。
ベールをあげたままで動くことがない私達の様子がおかしいことに気が付いたのか、周囲が徐々に騒がしくなっていく。
奥歯を一瞬強く噛みしめたリーフェン公爵は、その金の瞳を瞑って、まるで私から全て奪うように乱暴な誓いのキスをした。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そのまま、私は攫われるように公爵家へと連れてこられた。
「――――どういうことだ」
リーフェン公爵に壁際まで追いつめられる。肩を越えて壁についた手。距離が近い……。
夫婦の自室にあっという間に連れ込まれた私は、呆然とリーフェン公爵を見つめる。
「あの……初対面ですよね? 私たち」
無駄な抵抗だと思いながらも、無垢な様子を装って一応抵抗してみる。
だが、リーフェン公爵は、それを鼻で笑った。
「はっ。今更、俺の目をごまかせると思っているのか? 悪い女だな? ……お前にはもう二度とだまされない」
「悪い女だなんて……。これから、私たちは夫婦として過ごしていくのです。それに、呪われた赤い瞳を持った私を嫁に貰った時点で、あなたは諦めていたはずです」
「アンナ……どうして俺のこと」
リーフェン公爵の様子は、なぜか少しおかしかった。
まるで、何かと葛藤しているみたいに見える。
「今の私はルティアですわ。リーフェン公爵。いえ……旦那様」
やっぱり恨まれていた。それは当然だとルティアは思う。
アンナは、手ひどく幼馴染のキースを裏切ったのだから。
――――でも、仕方がないじゃないの。
あの時、もしルティアが幼馴染を裏切っていなければ、二人はいつまでも一緒にいることができただろうか。
それが叶えばどんなに良かったか。
どれだけそれを願ったか。
でも、出来なかった。
裏切らなければ、もっと幼馴染を傷つけてしまっただろうから。
それでも、あんなふうに裏切る必要がない今世で幼馴染ともう一度やり直すことができたなら。
どうかそうあってほしいと。そうルティアは願うのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
新婚初夜の夫婦の寝室でリーフェン公爵は、ルティアから随分離れてベッドの端に座った。
――――たぶんこれが、二人の心理的な距離なのだわ。
幼馴染として過ごしていた時には、いつも距離がないくらい二人はそばにいた。
友達よりはずっと上の存在で、恋人というには少し物足りない。それが二人の関係だった。
15歳の誕生日に「結婚しよう」と言われた時には、ずっと一緒にいられることがただ純粋にうれしかった。
「あの……。私達、結婚したのですよね?」
「ああ、忌々しいがそうだな」
「呪われた瞳の女を貰うことになったこと、深く同情します」
戦場での報奨として、私の降嫁は決まった。
でも実際は、力をつけ続けるリーフェン公爵に対しての足かせとしての結婚だった。
リーフェン公爵自らが強く望んだのだと、私には説明されたけれど、そんなはずはない。
――――魔眼の女と結婚したい人なんていない。
「勘違いするな。魔眼を持っていようと、妻として迎えたからには愛する覚悟をしていた」
真面目なあの人らしい。
私は、少しだけ笑う。
赤い瞳は、相手から魔力を奪ってしまう。
それは、戦場に立つリーフェン公爵にとって足かせであり、邪魔でしかない。
でも、実は違うことを私は知っている。
前世の私も、魔眼持ちだった。
見つめ合った相手から魔力を奪う魔眼の本当の力を知ったのは、前世の私が死んでしまう直前の事だったけれど。すべてを知って、やり直したいと強く願った。
「――――選んでください」
「何を選べと言うんだ……」
「――――私を、東の離れに幽閉し、決して顔を合わせない」
そちらを選んでくれた方が、いい。それは平和でとても楽な選択だ。
そうすれば、形ばかりの妻として、魔力を奪うことなく、リーフェン公爵の邪魔をすることもない。
誰よりも強いリーフェン公爵が、戦場で魔力が失われたばかりに劣勢に立たされることもないだろう。
「――――もうひとつの選択肢は?」
その場で、その自分にとって有利で都合のよい選択肢をリーフェン公爵は選ばなかった。そうすればいいのに。そうされることは覚悟してここに私はいるのだから。
「私のこと、妻として愛してください……旦那様?」
私は、その選択肢を選んでほしいという気持ちと、決して選ばないでほしいという気持ちの狭間で、それでも今できる最高の笑みで微笑んだ。
最後までご覧いただきありがとうございました。
『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。