彼女の名はアポロ
前回のあらすじ
勇者は魔物を倒した。
街中から歓声が上がった。
「さすが勇者様だ!」
「ありがとう勇者様!」
「可愛いよ!勇者様」
勇者は顔を赤くしながら、ひらひらと手を振った。
「おひるはごめんなざいいい」
グラサン男は勇者に泣いて縋っていた。後で僕にも謝ってもらおう。
すると、勇者と目があった。彼女は走ってこちらに向かってきた。
「どうだった?華麗に魔物を倒してやったぞ。少しは見直したか?」
彼女は得意げに胸を張った。
「ああ、見直したよ。君は凄いな」
勇者は再び赤面した。グラサン男から僕を救ってくれた瞬間から、彼女は紛れもなく勇者だった。
「そう、素直に褒められると、照れる。もう帰ろう。ちょっと疲れちゃった」
彼女は僕の手を取った。彼女の手は小さかった。そしてとても硬い手だった。彼女はこれまでずっと戦ってきたのだ。
「新しく目覚めた奇跡を使うね!自宅警備!」
さっきから思っていたが、技名もうちょっと何とかならないのか。そんなことを思っていると、目の前が真っ白になった。またか。僕は目を閉じた。彼女の手の感触と、温かさだけが感じられた。
目を開けると、ゴミ屋敷の前に立っていた。
「いつでも家に帰ってくることができるの!凄い奇跡でしょ!」
彼女は再び胸を張った。君が普段から掃除をしていたらこの奇跡も使い放題だったんじゃないか、というセリフを何とか我慢した。
「今日は色々あって疲れたね。もう眠ろう」
彼女はそう言うと、家の中に入っていった。そういえば、僕はこの家で眠るのだった。とりあえず玄関で眠るしか無い。
僕はビニールシートとゴミを片付けた。後片付けはその日のうちに終わらせたい主義だ。きちんと分別して、ゴミはゴミ袋は、ビニールシートは土を払い、綺麗に畳んだ。
ドアを開くと、勇者が倒れていた。
「おい、大丈夫か!!!」
急いで駆け寄り、勇者を揺らしたが特に返事は無かった。呼吸はしている。どうやら家に入った瞬間に寝てしまったらしい。
しばらく待ったが、起きる気配がない。仕方がないので、僕は上着を脱いで彼女にかけた。それとビニールシートも。風邪を引かなければ良いのだけれど。
その時、一瞬彼女の腕に触れた。彼女の細い腕は、一部分が大きく腫れ上がっていた。僕がまだ追えないスピードで攻撃を喰らっていたのだろうか。街中からの期待を背負って戦い、精神的にも疲れただろう。ゴミ屋敷になってしまうのも、仕方がないことかもしれない。
そう思って彼女を眺めていたら、彼女は僕の腕を掴んできた。凄い力だ。
「カプレーゼ…カプレーゼ…」
寝ぼけている様だ。そんなに気に入ったのか。彼女の力は凄まじく、振り解くことはできなかった。
僕はため息をついて、彼女の横に腰掛けた。仮眠くらいはできるだろう。僕も今日は本当に疲れ切っていた。
彼女の呼吸のリズムと、僕の呼吸のリズムが段々と一致していった。そして、僕たちは深い眠りへと入っていった。
目が覚めると、体からバキバキという音が聞こえた。立ち上がると、身体中の関節から悲鳴が聞こえた。二度と玄関で眠ったりなんかしない。
「うーん…」
勇者も目を覚ました。彼女は目を擦ってゆっくりと周りを見渡した。そして、僕と目があった。
「はぁ!?」
「何だよ、びっくりした。大きい声出さないでくれよ」
「何であなたが横にいるのよ!」
「君が僕の腕を掴んで離さなかったんだよ!」
「嘘よ!寝ている私に変なことしなかったでしょうね、変態!」
「このやろう、人間離れした握力で握ってきたくせに何を言いやがる!腕が折れるかと思ったわ!」
「何ですって!」
彼女はポカポカと僕の頭をたたいた。魔物を一撃で倒す拳を使わないで欲しい。彼女は勇者だが、ガキだった。
「それで、あなたこれからどうするの?」
僕たちの約束は昨日一日限り。家の掃除を手伝ったし、もう彼女の家に住む義理はない。
こんなゴミ屋敷、まっぴらごめんだ。玄関は少し綺麗になったとはいえ、廊下の先は真っ暗で何も見えないし、どことなく変な匂いもする。遠くで家を見つけて、簡単な仕事を見つけて一人で暮らした方がよっぽど快適だろう。しかし。
彼女は、少し寂しそうに僕を見ていた。
「行くところもないし、しばらくここに泊めてくれないか」
彼女は一瞬、パッと笑顔になった。薄暗い家が、少し明るくなった気がした。咳払いをしてすぐに仏頂面になったが。
「全く、仕方がないから泊めてあげるよ」
「ありがとう。僕は家事を担当する。僕が来たからには、この家はもうゴミ屋敷じゃ無くなる。絶対に」
「ゴミ屋敷ってあんまり言わないでくれる…?」
その時、僕はある重大な事実に気がついた。
「僕たちは暫く一緒に暮らす訳だよね。それなのにお互いの名前を知らないぞ」
「確かに」
「僕の名前は近藤貴樹」
「コンドウタカキ?変な名前ね」
「人の名前を変とか言うなや」
「私はアポロよ。偉大な名前でしょ」
「名前まで厨二かよ」
「厨二、はわからないけど馬鹿にされていることはわかるわ。殴るわよ」
「お互い様だろ!」
目の前の少女、アポロは本当に昨晩大活躍した勇者なのだろうか。
「それじゃあこれからよろしく、タカキ」
「よろしく、アポロ」
僕たちは硬い握手をした。
「それじゃあ、まずやることがあるな」
「何何?またご飯作ってくれるの?」
「朝ごはんは軽く済まそう。それよりも」
僕がこの家に住むならば、今日1日はこれをするしかない。
「大掃除をするぞ!!!」