誇り高き勇者
前回のあらすじ
カプレーゼを食べたら剣が光った。
「おい、また剣が光ってるぞ!」
「えっ、本当だ!でも前より弱い光だね…」
確かに、剣の光は松明ほどの明るさだった。
「女神は出てこないのか?」
「様をつけなさい!…特に何もないよ」
説明したり、しなかったり、適当な女神だ。とりあえず、切ったトマトが勿体無いので、カプレーゼを作ることにした。チーズは適当なサイズにちぎって食べた。見た目は大切だが、口に入れてしまえば同じなのだ。
「それじゃあ、ちゃんと説明してもらおうか」
カプレーゼを頬張り、満足げな勇者に尋ねた。
「えっ、何を?」
「剣の光のことだよ!昼間にも光って、女神から説明を受けていただろ!」
「あー…それは…」
「何だ、ここまで巻き込んでおいて企業秘密は無しだぞ。さっきの奇跡で危うく死ぬところだったんだ。1日に2回死ぬとかありえないからな」
「1日に2回…?何を言ってるかわからないけど、とりあえず本当にごめんなさい」
「まあわざとでは無いことはわかってるよ。それよりちゃんと教えてくれ」
「うーん…恥ずかしい…」
こんなゴミ屋敷を見せること以上に恥ずかしいと感じることかあるのだろうか。
「まあ、でも説明するしかないな。お昼の光はね、私の新しい奇跡が目覚めた証なんだ」
「新しい奇跡?」
「君が玄関を、その、掃除してくれただろう。その時にね…」
「はあ」
「このお家が女神様のご加護があるお家だってことはお昼に説明したよね?」
「ああ、確かにそんなことを言っていたな」
「恥ずかしいのだけど…このお家と、女神様の奇跡、つまり御加護は連動している、そうなのだ」
「ほお」
「つまり、このお家を大切に扱うとより女神様から御加護を得ることができるということだ」
「なるほど」
「だから、君が玄関を綺麗にしたことで、その、新しい奇跡が、その…」
どんどんと小さい声になってしまった。要するに、この家を綺麗にすると新しい力に目覚めるらしい。つまりこの勇者、自分のズボラさのせいでこれまで使えるはずだった力が使えなくなっていた、ということだった。勇者は赤面した。
「そうかそうか、つまり君はそういうやつだったんだな」
「正論の盾で殴らないで!私だって、こんなことがあるなんて知らなかったの…怒らないで…」
「怒ってはないけど…それで、さっきの光は何?あんなに強い風が起こった理由は?」
「それは私にもわからない。新しい奇跡が使える様になった訳ではなさそうだし」
「新しい奇跡に目覚める感覚とかあるの?」
「うん、奇跡に目覚めるとその使い方が頭に流れ込むんだ。さっき目覚めた力はね…」
そこまで口にすると、勇者は突然立ち上がった。
「何、どうした」
「魔物が出た」
「魔物?」
「人間に近い形をしているが、人間ではない。生物でもない。人間を襲う力の塊だ」
「何だそれ、急に湧いて出るものなのか」
「急に湧いて出るんだ。どこから来るのか、なぜ人間を襲うのかもわからない。ただ、恐らく、魔王の仕業だということだけは分かっている」
魔王。神が転生の時に説明していた存在。やはりここは平和な日本ではないのだと、改めて実感した。
「私は行かなくちゃ」
そうして勇者は走り出した。僕は慌てて後を追った。さすが勇者なだけあって、彼女はとても足が早かった。
街は騒然としていた。勇者は随分前に街に到着してしまった。僕は人混みを掻き分け、騒ぎの中心へと向かった。
「その人を離せ!」
勇者が叫んだ。その先では、昼にカツアゲをしてきたグラサン男が、何か黒い存在に掴まれていた。
黒い物、魔物、その存在は確かに異質だった。輪郭がぼんやりとしているが人型だ。しかし、人間よりも一回りも二回りも大きく、顔も見えない。
僕はこれまで格闘技を習ったこともないし、ケンカもしたことがない。ただ、目の前の存在は僕を容易に殺すことができる存在である、ということは認識することができた。勇者はそれに、臆することなく立ち向かっている。その後ろ姿は昼に見た姿とは全く異なっていた。
「助けでぐだざい!!!」
グラサン男が叫んだ。つまみ上げられて、必死に離れようと足をぶらぶらさせている。何だか少し可愛く見えてきた。
そんなことを考えていると、勇者が叫んだ。
「風の歌!!!」
一陣の風が吹いた。その風は魔物の手を切り裂き、巨漢は地面に放り出された。
「ぐえ」
巨漢が離れたことを確認すると、勇者は再び叫んだ。
「光の扉!!!」
彼女の体が金色に光った。そして次の瞬間、彼女の拳は魔物の腹を貫いていた。
僕の目では追いつかない様な速度で、彼女は魔物を殴りつけていた様だ。物理攻撃なのか、と思わないでもなかったが、それよりもあまりの速さに驚いた。
魔物は消えた。突然現れて、死体も残さずに消える。この世のものとは思えなかった。
「大丈夫か?」
勇者はグラサン男に優しく微笑んだ。
その姿はゴミ屋敷に住むダメ女でもトマトが嫌いなガキでも無い。誇り高き勇者の姿だった。