トマトを食べよう(後編)
前回のあらすじ
スーパーでトマトを購入した。
家に着く頃にはすっかり日が暮れていた。
「そういえば、どこで食べるんだ?」
「えっ、部屋の中じゃ無いの?」
「ゴミに囲まれて食事をするなんて、僕が許さない」
「私の生活を全否定?まあいい、ちょっと待ってて」
彼女はそう言って家の中へ入っていった。ドアが閉まる直前、彼女が靴を脱ぎ散らかしている瞬間を目撃した。これは、根本的な改善が必要かもしれない。
「全く、潔癖症なんだから」
彼女はそう言って、シートを地面に引いた。そして部屋の中から持ってきたランタンに火を灯した。僕と彼女の影がゆらゆらと揺れていた。
「それじゃあ、食べようか」
「ちょっと待って、トマト料理をすぐに作るよ」
「えー、いらないって言ってるじゃん」
彼女はフライドポテトとフライドチキンしか見ていない。すぐにその常識を覆してやる。
僕は袋の中から、トマト、塩、胡椒、油、ハーブ、そしてチーズらしき物を取り出した。見たところモッツァレラチーズに似た色をしている。簡単な料理だが、トマトの良さが存分に生きるレシピだ。
「しまった、包丁がない」
手でちぎっても良いが、見た目が美しくない。料理は味や香りはもちろん、見た目が重要である。
「包丁は私も持ってないな」
彼女はどうやって暮らしているのだろうか。
「しょうがないなあ、何を切りたいの?」
「トマトと、チーズ」
「わかった、それじゃあトマトを持ってて」
僕は言われた通りにトマトを手にした。
「風の歌!」
彼女は急に厨二病チックなセリフを叫んだ。すると、一瞬風を感じた。手の中を見ると、トマトは見事にスライスされていた。
「すごい!」
「こんなことにお力をお借りしてしまい申し訳ありません、女神様」
「これが魔法?」
「女神様の奇跡よ。そんなに強い力はないけど、柔らかい物だっだら切ることくらいできるわ」
魔法なんていらないと思っていたけれど、洗い物なしでトマトを切ることができるなんて。トマトの液がまな板にこびりつく心配もないじゃないか。
「あなた、今すごく失礼な妄想してるわね」
彼女は結構鋭いようだ。そして今度はチーズを手に持ち、スライスしてもらった。彼女から紙皿を受け取る。(紙皿の方が衛生的に安心だ)
トマトとチーズを交互に並べ、赤と白のコントラストを作る。そこに油をタラタラとかける。塩をひとつまみ。胡椒も少々。最後にハーブを乗せたら、紙皿は一気に色鮮やかになった。
「完成、カプレーゼ!」
フライドポテトとフライドチキンも紙皿に乗せて、豪華な夕食が始まった。フライドポテトも、フライドチキンもとても美味しかった。確かに毎日食べたくなる様な中毒性がある味付けだった。今度スパイスの配合を聞いてみよう。
「何これ、綺麗」
彼女はカプレーゼに興味津々だった。
「食べてみてよ」
「えー、でもトマトでしょ。それに私チーズもあんまり好きじゃないと言うか…ちょっと臭くない?」
「まあまあ。トマトとチーズを一緒に口の中に入れてみて」
彼女はしばらく葛藤して紙皿をじっと眺めていた。苦手な食べ物を前にした時の表情は、どの世界でも変わらない様だ。
そして、恐る恐るトマトとチーズを口に入れた。
訝しげだった彼女の顔が、パッと明るくなった。
「美味しい!!!」
僕は少し胸を撫で下ろした。これで嫌いと言われてしまったら落ち込んでいただろう。
「何これ、全然臭くない!まろやかで、でもちょっと酸っぱくて、それでいてピリッとくる!」
随分と食レポがうまい勇者の様だ。僕も一口食べる。うん、美味しい。トマトはやはり見た目通り、最高の品質だった。甘みと酸味のバランスが絶妙だ。チーズはモッツァレラよりすこしクセがある味だが、トマトと共に食べることで気にならなくなっている。むしろ、深みのある味わいになっているようだ。イタリア料理店で出されても満足できるクオリティだった。
勇者は一心不乱に食べ続けている。思えば、自分の料理を食べてもらうことは久しぶりだった。彼女の笑顔を見ていると、僕もじんわりと嬉しくなった。彼女に見えない様に、小さくガッツポーズをした。
「ありがとう、トマトがこんなに美味しいなんて、知らなかったよ!」
そして彼女は空になった皿を眺めた。もっと食べたい、という表情も万国共通の様だ。
「材料はまだあるから、もう一度作ろう。カットを頼む」
「やったー!!!行くよ、風の歌!!!」
僕の顔を突風が掠めた。ずずん、と大きな音が響き、後ろを振り返ると庭の木が切られていた。当然、手の中のトマトも切れていたけど。
「「何これ!?」」
僕と勇者は声を揃えて叫んだ。
そして、勇者の剣がぼんやりと光った。