トマトを食べよう(前編)
前回のあらすじ
玄関を綺麗にしたら剣が光った。
「一体何が起こってる?」
「私もわからない…こんなこと無かったから…あっ、女神様!?」
「おい、どうした」
「女神様、いつもお世話になっております。はい、ご命令通り家事が好きな男を連れてきました。はい」
恐らく女神と交信しているのだろう。
「取引先みたいな関係なんだな」
「ところで、今聖剣が光っているのですがこれは一体…はい、はい!?」
「傍目から見るとすげー怖い。たまにいるよね、独り言すごい人。まあ僕も独り言話してるけど」
「そうなんですね…はい、はい。承知いたしました。はい、それでは失礼いたします」
彼女はお辞儀をしながら女神との話を終えた。お辞儀をしながら別れの言葉を言う習慣は日本と変わらないようだ。
「何だったの?」
「ああ、女神様がお話ししてくださったんだ。これは勇者である私にしか聞こえない」
「まあそれは何となく察してたけど。それで、何でさっき剣が光ったの?」
「…企業秘密だ」
「は?」
「いいから、ご飯を買いに行くぞ!」
そして彼女は早足で食品店へと向かった。
木製のドアを開けると、そこには生鮮食品と調味料、お惣菜まで並んでいた。スーパーと比べると品揃えは悪いし、見たことがない食材もちらほら存在した。しかし、日本と変わらない食品も売っていたことは救いだった。
「おお、いいトマトだ」
見事なトマトだった。真っ赤に熟して、形も整っている。そのまま食べても、加熱して食べても美味しいだろう。
「トマトなんか買わない。美味しくない」
「何だと?」
「酸っぱいし、変な匂いがする。グジュグジュの食感も苦手。私は食べない」
この勇者、食わず嫌いまで持っているというのか。
「それより、これこれ」
彼女はお惣菜コーナーへと移動し、芋と鶏肉を揚げた物、恐らくフライドポテトとフライドチキン、を指差した。
「やっぱりこれが一番だな」
「お、勇者さんじゃないか。いつもありがとねえ」
店員のお婆さんが声をかけてきた。
「今日もこれを山盛りで頼むよ」
「はいはい、毎日ありがとねえ」
そうして店員さんは紙袋にフライドポテトとフライドチキンをもりもりと詰めていった。僕は店員さんに聞こえない程度の声で、勇者に話しかけた。
「おい、毎日って聞こえたぞ」
「それが何か?」
「まさか毎日こればかり食べている、とか言わないよな」
「その通りだが?」
僕はため息をついた。確かにフライドポテトとフライドチキンは美味しい。だが、あまりにも高カロリーだし食物繊維も足りていない。野菜も食べていないようだ。この勇者の健康状態に不安を覚えた。
「たまには野菜を食べなさい」
「嫌だ。何で野菜なんか食べなきゃいけないの」
「健康に良い。それに何より美味しいじゃないか」
「美味しくない!野菜は嫌い!嫌い!」
小学生か、こいつは。
「店員さん、それとトマトをください」
「何勝手に注文してるのさ!」
「トマトの美味しさに震えると良い」
僕はトマト数個と数種類食品を購入した。日本と同じならば、これで美味しくなるはずだ。
「余計な買い物して。いつものメニューだけで良かったのに。せっかく奢ってあげようと思ったのになー」
「フライドポテトとフライドチキンはありがたく頂くとして、それだけだとバランスが悪いだろ」
僕は頭の中でメニューを組み立てる。とても簡単なメニューだし、料理とは言えないけれど、やはり楽しい。勇者も気に入ってくれると良いのだが。
僕と勇者はゆっくりと、あのゴミ屋敷へと足を進めた。夕焼けに照らされて、影が長く伸びていた。