玄関を綺麗にしよう
昔、テレビでゴミ屋敷に潔癖症の芸能人が入る企画を見たことがある。僕は潔癖症という訳では無いが、ゾッとした。そして、こんな家に住む人はどんな人間なのかと不思議に思ったものだ。
まさか異世界でゴミ屋敷に住む人に出会うとは思わなかった。しかも、その住人は女神に選ばれた勇者だそうだ。僕は彼女の青い瞳をマジマジと見た。
「どういう神経してるの?」
彼女は顔を真っ赤にして、俯いた。そして、剣に手を掛けた。
「それ以上言うと、切る」
「それも含めてどう言う神経してるんだ。とりあえず剣は納めてください」
剣を納めた彼女は黙ってしまった。困った。しかし、街で助けてもらった恩もあるし、下手に動くと切られそうだ。それに、家事好きとしてこの惨状を見て見ぬ振りはできない。
「とりあえず、玄関から綺麗にしよう」
「掃除してくれるの?」
「こんな家で一晩過ごす位ならもう一度死んでやる。人間が住むところじゃ無い」
「何てことを言うの。ここは女神様の聖地よ。それに私ここに住んでるんですけど…人間が住んでるんですけど…」
「僕はまだあなたが人間なのか疑っている所です」
彼女はがっくりと膝をついた。
「とりあえず玄関に荷物が多過ぎますね。特に靴。こんなに要らないでしょ」
「必要!!!必要よ!!!どれも大切な思い出があるの!!!」
「いや、ボロボロな靴も多いし…とりあえず破れてる靴はゴミでいいね?」
「やめてーーー!!!」
僕は彼女の声を無視してボロボロの靴をゴミ袋へ入れた。これだけで随分と玄関がスッキリして見えた。
「靴と傘の収納を作るのは時間がかかるから…あとはこのゴミ袋の山か」
返事はない。彼女はシクシクと泣いている。
「ねえ、この世界のゴミ出しはどうなってるの?」
「燃えるゴミは火曜と金曜。燃えないゴミは木曜」
「そこは日本と変わらないのな」
僕はそう言って、袋の中身を除いた。そこには、分別が一切されていないぐちゃぐちゃなゴミの山があった。
「おい、分別はどうした」
「…面倒くさくて」
「バカ!!!」
「きゃ」
「きゃ、じゃない!これじゃあ捨てることもできないじゃないか!!!」
「だから溜まっているんじゃない」
「何をいけしゃあしゃあと」
僕はため息をついて、ゴミ袋を開いた。そして、分別に集中した。
僕の家ではゴミ箱を分けているので大掛かりな分別を行うことはない。久しぶりにやる分別は楽しかった。これは燃える、燃える、これは燃えない、燃える、燃える、燃えない。視覚と触覚に全神経を集中し、一定のリズムでゴミを分けていく。無秩序のゴミ袋が秩序を持って整理されていく。この瞬間がたまらない。ああ、転生できてよかった。生きているって感じがする。この瞬間が大好きだ。
ゴミの山を一通り片付けると、夕方になっていた。しまった、勇者の存在をすっかり忘れていた。
「終わったよ」
彼女は呆気に取られた顔をしていた。
「あなた、変態?」
「は?」
「ゴミの分別にどれだけ集中してるのよ。私が話しかけても一切答えないし。怖いわ」
「人が掃除してやったのに何だその言い方は」
「掃除してやった?随分楽しそうに見えたけどね」
それは事実なので僕はそれ以上追求はしなかった。
整理したゴミをまとめて、いつでも捨てることができる状態にした。
「ほら、玄関がこんなに綺麗になったぞ」
靴の数が減ったことで玄関の床が見えるようになった。そして、ゴミ袋は一度外に出してある。明日の朝にでも捨てに行く予定だ。
「…これが私の家?」
「といっても玄関を整理しただけだ。床はまだまだ汚れてるし、その先の部屋は想像もしたくない」
「いや、こんなに変わるとは思わなかった。この玄関、こんな床だったのか」
「玄関は運気が入る場所と言われている。家に入って一番初めに見る場所でもある。どうでも良い場所のように思えるけど、大切なんだ。せめて床の模様くらいは覚えておいて欲しい」
彼女はぼーっと玄関を眺めていた。本当に大したことはしていないけれど、僕は家事に集中できて満足だった。それに、彼女が少しでも喜んでくれたのなら、恩は返せただろう。
「僕は食料を買ってくる。それと今日はこの玄関で眠らせてくれ。明日の朝には出ていく」
「あ、うん」
彼女は少し寂しそうに呟いた。
「少しだけ換気をしておこう」
僕はそう呟いて、ドアを開いた。すると、彼女の腰の剣が光った。
「何それ!?」
「何これ!?」
薄暗い玄関を、眩い光が照らした。