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コンドウタカキ、趣味は家事

仕事帰り、目の前が真っ白になった。


「コンドウタカキ様、残念ながらあなたは死んでしまいました」


「はあ」


「本来はあなたは死ぬ予定ではなかったのです。それなのに、このようなことになってしまって…」


「いや、まあ誰にでもミスはありますよ」


「ずいぶん軽いですね」


「僕は家族もいませんし、特に夢とか目標を持って生きていた訳じゃないですしね」


「そんな悲しいことを仰らないでください」


「悲観している訳じゃなくて…まあ、もう料理とか掃除ができないとこは残念ですけど」


「料理とか、掃除?」


「はい、僕は料理と掃除が趣味の男なので。一人暮らしでも妥協はしませんでしたよ」


「変わった趣味をお持ちですね」


「そうですか?自分の生活に興味を持ってただけですよ」


「そうなんですか。なんか面接みたいになっちゃってるので、一度話を戻しますね」


「はい」


「まず、あなたは亡くなってしまいました。仕事帰りに雷に打たれて」


「はい。マジで目の前が真っ白になりました」


「それは私達のミスであり、申し訳なく思っています」


「はあ」


「そこで、あなたが望むなら別の世界で生きて貰おうと思うのですが」


「はい?」


「いかがですか?勿論、あなたが望むならば好きな能力も授けますし、悪い話ではないと思うのですが」


「うーん…能力とかはいらないですけど、生きたいことは生きたいですね」


「いらない!?なぜ?」


「別に僕、活躍したいとか思わないですし。そんなにモテたい訳でもないし。ただ家事ができたらそれで満足なので」


「あなたまだ20代ですよね?何でそんなに枯れてるんですか?野心は何処へ?」


「野心とか古いですよ。僕の自由でしょ」


「まあ、あなたがそう言うのであれば。それでは、転生の儀式を始めますね。ただこの世界、少し治安が悪いと言うか…」


「それは困ります。戦いとか死んでもやりたくない。それなら死ぬ」


「死んだ人が言うと説得力が違いますね」


「治安が悪いって何ですか?何があったのですか?」


「実は、魔王がおりまして」


「はあ、魔王。これはまたありがちな」


「ありがちとか言わないでください。この世界では一大事ですよ」


「あれ?今から行く世界って魔法の国とかですか?ちょっと困るな。家事のやり方が違いそうだ」


「いえ、基本的に魔法は使えません。魔族と、女神の加護がある人以外は」


「女神の加護?」


「はい、女神に選ばれた人間、勇者と呼ばれる人間です」


「まさか僕に勇者になれとか言わないですよね」


「もう勇者はおりますので、安心してください。しかし、本当に野心がないんですね」


「野心がない訳ではなくて、それより僕は普段の生活を大切にしたいだけです!料理一つとってもどれだけ奥深い世界か!僕はその一部しか味わっていないことが心残りなのです!自分が好きな料理を作り、食べること!それこそが最高の幸せだ!」


「失礼しました。私も今日の料理ちゃんと作ってみたくなりました」


「神様も料理なさるんですね。是非、おすすめのレシピとか教えますよ」


「ありがとうございます。それより話を戻しましょう。現在その世界では勇者が魔王を倒すために動いています。すぐに治安もよくなるでしょう」


「そうですか、それなら安心です。ちなみに、言葉は通じますか?」


「通じます。新しい世界を選ぶ時には、言語が通じることを第一で選んでおりますので。バリバリ日本語です」


「よし、それじゃあ転生お願いします」


「覚悟が決まるの早いですね」


「まあ、やることは変わらないので」


「それでは、コンドウタカキ様、ご武運を」


「武運はいらないですね」


「失礼しました。お幸せに!」


「ありがとうございます!」


再び、目の前が真っ白になった。


ゆっくりと目を開けると、中世のヨーロッパ風の街並みが広がっていた。歩く人たちもどこか日本人とは違う。髪の色も、目の色も様々だ。

しかし、日本語が飛び交っている。違和感しかない。

服装は現代とあまり変わらないようだし、目の前には食料品店、スーパーのようなお店もある。流石にスマホを弄っている人はいないが、文化的には現代日本とあまり変わらないようだ。

良かった。もし文化も中世ヨーロッパだったらあの神様を殴ろうと思っていた。水洗トイレもない世界なんて滅んでしまえ。

僕はとりあえず財布を開いた。すると、諭吉さんはドラゴンに変わっており、500円玉は本物の金に変わったいた。どうやらこの世界の貨幣に変わっているようだ。

銀行でおろしたばかりだから、財布には五万円ほど入っている。ひとまず生きていくことはできそうだ。


「おい、そこの兄ちゃん」


財布から顔を上げると、そこには明らかに柄の悪い男が立っていた。身長は2mくらいあるし、グラサンもかけている。絶対に勝てない。一目でわかった。


「金持ってんじゃねえか。よこせや」


確かに治安が悪い。これは魔王の所為なのか、それとも元々こんな国なのか。


「わかりました。いくら必要ですか?」


「全額に決まってるだろうが」


「全額は困る。とりあえず生活必需品を買うお金と宿を決めるお金だけは残してくれないと」


「あん?」


「それ以外は僕も別にいらないから、少しだけ待っていてくれ。1時間後にここに集合でいいかい?」


「何でお前の生活が整うまで待たなきゃいけないんだよ!」


「それくらいいいじゃないか。それ以外はあげるから待っててよ」


「だめだ、全額よこせ」


困った。話が通じない。予想より遥かに治安が悪い。せめて自己防衛な能力くらいもらっておけばよかった。

グラサン男は殴りかかってきた。僕は全てを諦めた。ここで死んだら、次は言葉が通じなくてもいいから安心安全な世界に飛ばしてもらおう。


「僕は家事がしたいだけなのに!!!」


「待て!!!」


凛とした女性の声が響いた。そこには、金色の髪を靡かせた綺麗な女性がいた。顔立ちには幼さが残っていたが、その佇まいはこれまで見たことがないほど、気品に溢れていた。


「げ、何でお前がこんなところに」


「その人はお金をあげようとしていたじゃないか!それなのに殴りかかろうとするなんて、何て卑怯な男だ!」


「いや、それは」


「この勇者の名にかけて、見逃すことはできない!」


彼女はそう言うと、懐に持っていた剣を引き抜いた。

剣?というか、今勇者と言ったか?


「ごめんなさーーーい!!!」


グラサン男は逃げていった。去り際のセリフは妙に可愛らしかった。


「大丈夫かい?」


彼女が声をかけてきた。僕は笑顔でこう答えた。


「ありがとうございます!この恩は決して忘れません!それでは失礼!」


そして僕は走り出した。勇者になんか会ってしまったら、何かヤバいことに巻き込まれる。僕はただ、家事がしたいだけなのだ。世界を救うなんて全く興味がない!

しかし、彼女は僕の首根っこを掴んだ。グエ、と自分でも聞いたことがない声が出た。というか、力が強い。痛い。怖い。


「恩に切るなら、逃げることないじゃないか。何だかムカつく」


「首根っこを掴むことないじゃないか」


「君、一文なしになるところだったんだぞ。というか、死にかけたんだぞ」


「はい、そのことに関しては大変感謝しております」


「それじゃあ、それを示してもらおうか」


「はい?」


「聞いたところ、君は宿がないそうだね」


「はあ」


「それじゃあ、私の家の部屋を貸してやる。その代わり、私の家で働いて貰おう」


「は?」


「今日、女神から天啓があったのだ。家事が好きな男を拾え、と」


「なんてピンポイント」


というか、転生の時にあった神と通じてるのか。あいつら、僕を巻き込む気マンマンじゃないか。


「別に取って食べる訳じゃない。ただ、その…」


「何?」


「いや、来てもらったらわかるか。とにかく、女神様の言うことは従わなきゃいけないんだ!1日だけでいいから、お願い!」


「まあ、助けてもらったことは事実ですし、1日だけなら」


勇者はにっこりと笑った。笑うと更に幼く見えた。


「じゃあ、ついて来て」


僕は勇者の後を歩いた。観察していると、彼女は歩き方から違う。しなやかであり、一本の針金のようでもあった。そして彼女は街の皆から声をかけられていた。目の前の女の子は勇者である、と実感した。


「ここだ」


彼女の家は、普通のサイズだった。少し大きな、二階建てのお家。僕は拍子抜けしてしまった。勇者がする家なら、お城のような家が出てくると思っていたから。


「この家は、女神の加護がある。だから私はこの家に住む決まりなのだ」


僕の表情を見て、彼女は説明してくれた。

しかし、先ほどから僕に目を合わそうとしてこない。どこかモジモジしている。何故。


「まあ、入って…でも、絶対に笑わないで。そして怒らないで」


彼女はドアを開けた。すると…


「何だこのゴミ袋の山は!!!」


僕は絶叫してしまった。こんなに大声を出すのは久しぶりだ。玄関には溢れんばかりのゴミ袋が溜まっており、靴は散乱していた。廊下は足の踏み場もない。その先に至っては、真っ暗だ。こんなに不気味な家は初めてだ。


勇者はゴミ屋敷に住んでいた。






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