天使が初恋成就に協力してくれるそうですが、動機が酷い。
「貴女はそう遠くない未来――初恋の幼馴染から届いた結婚披露宴の招待状を見て、ショックの余り絶命した後……異世界転生してその世界を滅ぼすクソ魔王になります」
夕焼け染まる校門前。
背中に白い翼を生やしたお姉さんが、すごく面倒なものを見る目でアタシにそう言った。
「……アタシが?」
「はい」
お姉さんは銀色の毛先を指で遊ばせながら頷く。すごく帰りたそうだ。
「天界としてはこれを見過ごす訳にはいかないので、貴女の恋を全面的にバックアップいたします」
……どうコメントすれば良いか、わからない。状況が謎過ぎる。
とりあえずここまでの経緯を整理しよう。
日直の仕事で帰りが遅くなっている幼馴染を待つべく、校門前の茂みの中に隠れていたら、夕焼け空から白い翼を生やした白ワンピースの銀髪お姉さんがふわぁ~っと降りてきた。
そして今にいたる。
「……とりあえず、一旦その茂みから出てきてから考え込んでくださいませんか? 周囲の視線が集まって仕方ないんですが」
「いや、視線を集めているのはそっちの容姿の問題もあると思うけど……」
まぁ一理ある。
カモフラージュ用に用意した葉っぱ付き枝の模型を鞄に納めて、茂みから出る。
「状況を整理すると――あなたは天使で、諸事情によりアタシの恋路を応援しに来てくれた、と?」
「諸事情って便利な言葉ですね」
天使のお姉さんは呆れたように溜息を吐きながら「ええまぁその通りです」と肯定を返してきた。
「くだらねぇ理由で世界をひとつ滅ぼす、その魂の邪悪さを痛く猛省していただければ幸いです」
「邪悪とは失礼な……こんなにもピュアだのに」
「ピュアな乙女は茂みに隠れませんよ。やましい奴の待ち伏せ方法ですからねそれ」
偏見でものを言うタイプの天使だ。
「ちなみにバックアップって、具体的にどんな?」
「手始めに『●ックスしないと出られない的な都合の良い部屋』を七二パターンほど用意したので、お好みのものを選んでください。そこに貴女と、世界を救うために必要な犠牲くんを問答無用で転送します」
アタシの初恋相手にすごい異名がついてしまった。
まぁそれはひとまず置いといて、天使のお姉さんから受け取ったカタログを拝見する。
オーソドックスなセ出な部屋から不備の無い婚姻届けを市役所へ郵送しないと出られない部屋まで、実に幅広いラインナップだ。
「うーん……どれも素敵だけど、やっぱり高校生でセックスとか少しハードルが高い気もする……」
「世界ひとつ賭かってんですよ。生娘ぶってないでさっさと決めてください」
「生娘ですけど!? 一途ですけど!?」
でもまぁ世界がどうとか言われたら仕方ない。仕方ないよ。アタシは一応抵抗したよ。うん。
「じゃあ断腸の思いを噛み締めつつこの三七番――あ、いや待って五九番も捨てがたい……」
「三七番を出たら五九番に入っちゃうコースで行きますか?」
「三七を抜けたら五九だった……そんなコースもあるんだ……ちなみに七〇番も気になるんだけど三つイケたりとかは――」
「ちょっと待ったァ!!」
高らかな声と共に、地面がごぱっと割れて何かが飛び出してきた。
それは、何やら全体的に黒いお姉さん。触角や尻尾が生えていて、手には四又の黒い銛――何だか虫歯菌を擬人化したステレオタイプみたいな人だ。
「げっ、悪魔が何しに来たんですか?」
「え? 悪魔なのこの人」
「そうさ、ボクは悪魔!」
わぁ、ボクッ子お姉さんだ。
ボクッ子お姉さんな悪魔は「おいこの天使!」と吠え、四又の銛を天使のお姉さんに向ける。
「事情は魔界も大体把握しているよ! ボクもキミと同じ使命を背負って来た!」
「え? 悪魔が世界を守るの?」
「僕らの飯の種は人間の欲望だからね。人間が一気に減っちゃう事案は魔界的にもNGさ」
悪魔さんのご飯事情は中々特殊らしい。
「でも天界と手と手を取り合うつもりは無い! これは勝負だ! 天界と魔界の代理戦争! どちらが先にこのヤバい奴と世界を救うためにその身を捧げさせられる尊い英雄くんをくっつける事ができるか!」
彼のに比べてアタシの呼称がシンプルだし失礼。
「面倒くさッ……ちょっとそこのヤバい奴。話がこじれる前にさっさと決めてください。もう何なら全部屋連結しますか?」
「あ、フルコースもできるんだ。ならそれで円満即決じゃん」
「いや待てや天使&ヤバい奴!!」
ボクッ子お姉さん悪魔は慌ててアタシと天使の間に銛を差し込んだ。邪魔くさ。
「ちょっと話を聞きなよヤバい奴! 確かに世界の命運は重要! でも相手の意思も重要だとは思わないかな!? と言う訳でボクは魔界の叡智を結集し、『悪魔プレゼンツ・所要期間たったの三か月、正攻法で彼を攻略する事でいつかの未来で子供に夫婦の馴れ初め訊かれてもへっちゃらプラン』を用意して――」
「回りくどいので天使さんの方のフルコースで」
「おいコラこのヤバい奴ゥ!!」
「ではヤバい奴、カタログの表紙に手を置いてください。転送術式を起動します」
「させるかこの天使ィ! 魔界のプラトニックを喰らえ!!」
「ああ!?」
まるで悪魔の所業、ボクッ子お姉さん悪魔は四又の銛でカタログを串刺しに!
しかも銛から噴き出した黒い炎がカタログを一瞬で消し炭に!!
「酷い! この悪魔!」
「ハッハァーそうさ! だってボク悪魔だもん! 勝つためなら手段は選ばないしあとマジでそういうのやめろよ彼が可哀想すぎるから!! せめて彼の方には運命を捻じ曲げられた感を覚えさせないように上手く立ち回ろうよマジで!!」
「悪魔が人間のメンタルを気にかけるんですか?」
「むしろどうして天使がそんな感じなの?」
「ポジショントークって知ってますか? この虫歯菌」
「ブーメラン刺さってるよ? この漂白剤」
睨み合う天使と悪魔――何だかアタシの初恋、大事になっている……?
「……上等ですよ虫歯菌」
天使のお姉さんは小さな舌打ちのあと、ゴキッゴキッと首を鳴らした。
「私は双方ヤク漬けにしてでも、このヤバい奴と必要な犠牲くんを強引に合体させてみせます」
「ふん、漂白剤が宣うじゃないか。いやでも本当にヤク漬けとかダメだよふざけんなよマジで天使お前コラ。何としてもその前にボクが、このヤバい奴と尊い英雄くんを幸せな未来に導いてみせる……!」
こうして、アタシの初恋を舞台に――異世界の命運と天界・魔界双方の威信を賭けた戦いが始まったのだった!!
「ちなみにカタログはあと一〇八冊あるんですよねこれが」
「何でそんな邪悪なものをそんなに刷ってるんだよ天界ィ!!」
「さぁ逃げますよヤバい奴。この虫歯菌を振り切って転送開始です」
「がってん!」
「あ、待てコラおい!! ダメだって! 本当にそう言うの相手が可哀想だからァァァ!!」
このあと、思ったより足が速かった悪魔の非道行為により、カタログはすべて燃やされてしまった。
……でも、アタシと天使のお姉さんは、悪魔なんかには絶対に負けない。
そう、これは異世界の命運と天界・魔界双方の威信を賭けた戦いであると同時に――アタシの恋を叶える物語でもあるのだから。
「仕方ありません。次はこちらの媚薬などどうでしょう?」
「ほほう媚薬。詳しく聞こう」
「だーかーらーもぉぉぉおおおおおおお!!」