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鍬《くわ》の冬支度

作者: 天野 進志
掲載日:2019/11/01

  くわの冬支度



 春、くわすきは、毎日、朝から晩まで畑の土を耕しました。


 冬の間に固くなってしまった土を耕すのは、ちょっと大変でした。


 夏はいっぱい生えてくる草を、日に照らされて熱くなりながら、鎌が刈り取っていきました。


 他にもあぜをつくったり、余分な枝を切ったり、収穫したりと、おじいさんの道具たちは春からずっと働き通しでした。


 でも、秋になって田んぼの稲架掛はざかけも姿を消す頃になると、冬野菜を作らないおじいさんの道具たちは、畑の脇にある小屋の中でようやく一息つけるのです。


 きれいに洗ってもらい、来年の春までゆっくりお休みです。



 「今年も終わったなぁ」


 お風呂上がりのように「ほぅ」と息を吐きながら、くたびれた声で鎌が言いました。


 「今年の天気は荒れたで、皆大変じゃったろう。よう頑張ったわ」


 くわが周りの道具たちを、ねぎらいました。


 「いや、くわのじいちゃんよ。あんたこそ、べとべとの土をかき出したり、掘ったりで泥だらけになっとったで、よう頑張ったわ」


 すきがしわがれ声で、言います。


 「わしゃ、もうガタガタやで、そんな事ぐらい何でもないわ。それより鎌さんや。あんた砂が付いとる茎なんか刈る時、じゃりじゃり言うて刃、痛めたじゃろう」


 「いやぁ。しょうがないもんだて。大なり小なり。土、砂はつくもんだで」


 「そう言や、夏の日照りもきつかったなぁ」


 「おぉ、おぉ。土が乾いてまって、くわさんでのうて、すきさんがちょこちょこ駆り出されておったの」


 「はっはっはっ。若いモンにあんな土をやらせたら、すぐに刃ぁ、痛めてまうで。もうボロのワシが良かったんじゃろ」


 長い間、おじいさんと一緒に働いてきたくわすき、鎌。


 もうすっかりボロボロで刃が欠けたり、曲がったり、柄もぐらぐらしています。


 そんな道具三本組が話していると、小屋の戸がガタガタと鳴って、おじいさんが入ってきました。


 おじいさんは道具たちをぐるっと見回して、「やっぱりこれが一番ボロだの」と、むずりとくわを手にしました。


 そしてくわ一本だけ持って、外に出ました。


 「今年の農作業は終わった筈やが」とくわは、不思議に思いました。


 ところがおじいさんは畑を通り過ぎます。


 そして道の向こうに止めてある見知らぬ車の前に来て、その横に立っていたがっしりした男の人にくわを渡しました。


 「これも、もうボロだで。柄もこの通りグラグラや。ひとつ頼むわ」


 男の人はくわを受け取りながら返事をし、くわを車の荷台に載せました。


 荷台にはくわの他にも、ひどく刃の欠けた鎌や、刃が曲がってしまったすきなど、くたびれた道具ばかりが積んでありました。


 車が走り出しました。


 でも、どの道具も年をとっていて疲れた様子で、誰も口を聞きません。


 おじいさんのくわは、だんだん心配になってきました。


 このままどこに連れて行かれるんだろう。


 その時、おじいさんの言葉が思い出されました。


 『これが一番ボロだの』


 そうか。


 おじいさんのくわは、ぐっと目をつぶりました。


 自分は捨てられてしまったのか。


 長い間がんばってきたけれども、あれが最後のお別れだった。


 そう思うと、いろんな思い出がよみがえってきました。


 おじいさんに連れられて、初めて畑に入った時の事。


 ガチッと石に当たって、刃が欠けた時の事。


 お昼を食べるおじいさんを、横で見ているのが好きだった事。


 すきと鎌の三人で畑をやっていた楽しかった頃。


 雨の日も、風の日も。


 錆びた三人を、おじいさんが丁寧に磨いてくれたこともあった。


 苗を植える時、草を刈る時、収穫する時…。


 いろんな思い出がよみがえってきます。


 そんな一つ一つが懐かしくて、くわは悲しくなりました。


 その時、くわはおじいさんの言葉を、また一つ思い出しました。


 今年の夏、おじいさんは誰に言うでもなく


 『この畑も、そろそろお終いかの。ワシの身も、そうは持たんわ』


 そうだったのか、とくわはまた悲しくなりました。


 すきも鎌も自分と同じように、後から捨てられてしまうのだろう。


 それを思うと、二人の事が、とても悲しくなるのでした。


 先に捨てられた自分は、まだ良かった。


 残されたすきと鎌は、忘れられて、ずっと小屋に置かれているうちに、すっかり錆びついてしまうかも知れない。


 そうして使えなくなった二人は、ゴミのように捨てられてしまう。


 それでは今まで頑張ってきた二人が可愛そうだと思うのでした。



 おじいさんのくわを載せた車は、しばらく走った後、止まりました。


 あのがっしりした体の男の人が降りてきて、荷台にのっていた農具をまとめて太い腕でガチャガチャッとつかみ、ヨッと肩にかつぎました。


 そして、のっしのっしと熊が歩くように、近くの倉庫の中に運んでいきました。


 おじいさんのくわもそうして、そこに運ばれて行きました。


 おじいさんのくわは観念して、目を閉じました。


 ちらっと見えた倉庫の中には、何やらいくつかの機械がありました。


 おじいさんのくわは、あの機械で粉々にされてしまうのだろうと思うと、怖さよりも、次に生まれ変わった時にもくわになって土を耕したいと言う思いが出てくるのでした。


 カチッ


 男の人が機械のスイッチを押しました。


 シャシャシャシャ ドドドド


 恐ろしい音がして、機械が動き始めました。



 数日後


 おじいさんのくわは、車の荷台に載せられて、来た道を走っていました。


 周りにいた道具たちも一緒です。


 来た時よりも、生き生きとしています。


 何本かの道具たちは、楽しそうにおしゃべりもしています。


 車は、久しぶりに見るおじいさんの畑の前で止まりました。


 おじいさんが、そこで待っていました。


 男の人は荷台からおじいさんのくわを取ると、おじいさんに渡しました。


 おじいさんのくわは、柄も新品になり、欠けていた刃もきれいに削ってピカピカの新品のようです。


 おじいさんはくわを受け取ると「どれ」と言って、畑にくわを振り下ろしました。


 サク


 心地のいい軽い音をたてて、くわは土に刺さりました。


 「こりゃぁ、良うなっとるわ。あんた、なかなかの腕やな。どれ、あと二本もお願いするとしようか」


 おじいさんはそう言うと、小屋から鎌とすきを持って来て、男の人に渡しました。


 男の人は、この町に来た、新しい研屋とぎやさんだったのです。



 また数日後。


 小屋の中ではピカピカに光っているくわと鎌とすきが一緒に、いつもの場所で寝ていました。


 また来年の春、おじいさんと一緒に働くために一休みです。


 「来年もよろしく頼むでよ」


 おじいさんの声が聞こえてきました。



 おしまい

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