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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第三部 神都炎上

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最終話 国を喰らう厄災

 「……一つ言い忘れていました。僕が貴方を殺す理由は施設の友人だけの事ではありません。武国の友人を失った事も理由の一つです」


 そもそも神王は大きな勘違いをしている。

 終末の槍は、その目的を果たしてはいない。


「武国は異性体持ちを二人失った? 勘違いしてはいけません。終末の槍を受けても異性体持ちは――僕たちは、こうして生き延びています」


 神王や文官たちは言葉の意味が分かっていない様子だが、それは自然な事だ。

 終末の槍を受けて生きている人間など想像の埒外である上に、神国の施設出身を自称している者が武国の異性体持ちであるとも言っているのだ。


 神王たちにとって理解に苦しむ話だろうが、懇切丁寧に説明するつもりはない。僕が紛れもない真実を告げている事は、これから否が応でも理解するはずだ。


「――フェリ」


 僕の呼び掛けの直後、首に巻き付いていたマフラーが黒い靄へと形を変えた。

 その光景に室内が騒々しくなる。意思を持つように動く気体を目の当たりにして、僕が『異性体持ち』という事実を認めざるを得なくなっているのだろう。


 しかし、僕の目的はフェリの姿を見せる事などではない。


「お願いしてもいいかな?」


 僕はフェリの固有能力を求めた。

 率直に言ってしまえば、神王は固有能力を使うまでもない相手ではある。


 だが、僕は神王に思い知らせてやりたい。

 神などと自称している思い上がった男を、人を人と思わず道具のように使い潰す男を――圧倒的な力で捻り潰してやりたい。


「…………」


 靄の揺らめきに、肯定の気配を感じた。

 フェリの方も固有能力を使うまでもない相手だと分かっているはずだが、どうやら僕の意を汲んでくれたようだ。


 フェリは静かに動き始める。

 その行き先は神王ではなく、僕の身体だ。


 黒い靄は僕の全身を包み込み、僕の身体に溶けていくかのようにその総量を減少させていく。影が召喚主に帰還しているようにも見えるが、これは全くの別物だ。


 これは僕の皮膚に、肉に、血液に――()()()()()()()()()()()()()


 ――――。


 人間は保有魔力の三割しか身体強化に使えないと言われている。残存魔力である七割の魔力は、影として消費するしか使い道がない。……そう、本来ならば。


 フェリの固有能力――〔召喚主との一体化〕という能力は、その定説を覆した。

 僕の魔力で構成されているフェリ。そのフェリの粒子が、粒子の一粒一粒が、僕の身体を強化しているのが実感出来ている。


 そう――本来なら不可能であるはずの()()()()()()()()()を実現しているのだ。


 僕の魔力量は施設生まれの人間と比べても群を抜いている。その魔力が全て身体強化に回されれば、他者の追随を許さない規格外の力を生み出す。……その身体強化は、純粋な肉体強度だけで終末の槍に耐えうるほどのものだ。


 フェリの息吹を全身に感じる圧倒的な全能感。

 もう誰にも、僕を止める事はできない。


「下らん、ただの虚仮威(こけおど)しか」


 僕が影を帰還させたようにしか見えなかったのか、侮蔑の言葉が飛んできた。

 神王の苛立った様子は、フェリの出現に驚かされたのが不愉快なようでもある。


 相棒の能力が軽視されるのは面白くない。まずは認識を改めさせるとしよう。

 僕は初動を読ませることなく、足先だけで――――トン、と軽く地を蹴る。


「…………はっ?」


 神王の間の抜けた声。

 自分の視界に明らかな『結果』が映っているにも関わらず、神王は目の前の現実が信じられないかのように硬直している。


 明白な結果――そう、僕の手には()()()()()()()()()()()()()()


「……な、なにをした貴様っ!?」

「手刀で腕を切り落としただけですよ」


 血相を変えて詰問する神王に対して、ありのままの事実を伝えた。

 僕の言葉に嘘偽りはない。僕は踏み込んで手刀を振るっただけに過ぎない。


 今の僕には武器など必要なく、ただ手刀を振るうだけで全てが事足りる。

 手に魔力を纏わせて充分な速度で振るうだけで、全てを切断する刃となる。

 余裕があったので何の気なしに影の右腕を奪ってきてしまったが、影の右腕は一秒も経たない内にその存在を消滅させた。


 それにしても……予想以上に神王は微力だ。


 僕の動きが全く見えていなかったようだが、あれでも神王の影と同程度の速度でしかない。つまり、神王は自分の操る影の動きが見えていないという事になる。

 神王の影は相当なものではあるが、操作する神王の力量が追いついていないようでは肩透かしだ。本当にフェリの固有能力を使うまでもなかった。


「貴方より部隊の方がよほど強敵でしたよ」


 神王の身辺警護にベレスや先代総長が控えていたら結果は違ったはずだ。

 それでなくとも神王の警護に部隊員の数を多く揃えていれば、これほど容易には事が運ばなかったはずだろう。


 しかもこの神殿を守っていた部隊員は、施設や発電所を守っていた部隊員に比べると格落ちだと言わざるを得なかった。神王が部隊を信用していなかったからこそ、自分でも対処可能な人間しか身近に置かなかったのだろうと思う。


 施設出身者を使い捨てにしているという意識があったからなのかは分からないが、ベレスたちの純粋な忠誠心が粗雑に扱われているような気がして腹立たしい。


 僕はゆったり言葉を発しつつ、先と同じ要領で――神王の影の左腕を切断する。


「なっっ!?」


 両腕が消えた事で固有能力は使えなくなったはずだが、神王の影はまだ消失していない。僕は神王の驚愕の叫びを無視したまま、今度は影の胴体に拳を打ち込む。


 ――ズブッ。

 影が吹き飛ぶかと思いきや、僕の拳はそのまま影の胴体を貫通した。

 影なので血が出ている訳ではないが、なにやら凄惨な光景になってしまった。……固有能力を使う機会はほとんどなかったので力加減が摑みにくいのだ。


 しかし結果的には何も変わらない。

 影は両腕を切断しても召喚を維持していたが、身体に穴が開いた事で限界を迎えたらしく――神王の影は跡形もなく消え去った。


『神王様の影が……』

『ば、ばけものだ……』


 神王の象徴とも言える存在が消えた事で、室内から絶望の呻きが上がる。

 その中でも、当事者である神王の動揺は文官たちの比ではなかった。


「ま、まやかしだっ! あり得るものか、余は神王、世界を統べる王だぞ!」


 神王は必死に現実を否定しようとしていた。

 神王の影が消失した事は本人が一番理解しているはずだが、哀れな男は頑なに事実から目を逸らし続けている。

 僕は神王を無視して足を一歩踏み出す。


「ひっっ、く、くるなっ……」


 傲岸不遜だった神王は蒼白な顔で声を震わせている。自分の影を、精神的支柱を失った事で心が折れたのだろう。


 異性体と同じく、人間タイプの影は消失すると再召喚が出来なくなるとの話だ。

 それでも神王は高魔力保有者なので、本来ならそれなりに闘えるだけの資質を持っているはずだが……しゃがみ込んで後退りしている姿からすると、神王は完全に戦意を失っているようだ。


 憎んでいた男の哀れな姿を見ても、胸がすくような思いにはならない。こんな男のせいで多くの人間が不幸になったと思うと、言い知れぬ虚しさを覚えるだけだ。


「そ、そうだ、貴様を取り立ててやろうではないか。余の直属の部下になれば金も女も思いのまま……」


 神王の言葉は途中で止まった。

 神王が聞き苦しい言葉を紡いでいる最中に――僕が手刀で首を刎ねたのだ。

 

 この男の言葉は聞くに堪えなかった。

 僕は昔から何かを得たいと思った事はない。

 ただ、大事なものを失いたくなかっただけだ。


 もう失ったものは戻らないが……神王が消えた事で、これ以上は失わずに済む。

 これで、僕の為すべき事は終わった。


「フェリ、もう大丈夫だよ。ありがとう」


 僕が独り言を呟くように伝えた直後、僕の身体に変化が起きた。

 全身から空気が抜けるかの如く、黒いモヤモヤが室内に放散されていく。


 そして同時に、途轍もない倦怠感に襲われた。

 重度の筋肉痛のような身体の軋み。

 全身の細胞が悲鳴を上げる痛みに、思わず床に座り込んでしまったほどだ。


「…………」


 眼前のフェリが心配してくれているようにモヤモヤしているのが分かる。

 フェリと一体化していた影響なのか、いつもより強く感情が伝わってくるような思いがある。フェリの温かい気持ちが直に伝わってきているようだ。


「少し疲れただけだから問題無いよ。最近はちょっと運動不足だったからかな?」


 心配してくれる相棒に軽口で安心を届ける。

 実際、身体の節々が傷んではいても命に別状あるようなものではない。


「…………」


 僕の言葉を聞いたフェリは、なぜか久々の黒球形態に変化する。

 そしてそのまま僕の頭上に浮遊していき――ドスッ、と頭の上に着地した。

 相変わらず行動が読み辛いが、『お疲れ様』とねぎらってくれているようだ。


 ……しかし本当に疲れた。

 固有能力の影響による身体の疲弊。長年抱え込んでいた問題の解決による安堵。

 様々な要因が積み重なって、今にも意識が飛びそうなほどに眠気を感じている。


 もちろん神王を倒してこれで終わりという訳にはいかない。


 神国は王を失ったが、この国には今もまだ生きている人々が存在している。

 国家運営を担っていた文官は生かしているので混乱は最小限に収められるとは思うが、僕にはその変化を見届ける義務があるのだ。


 これから僕がやるべき事は山積みだ。

 発電所で待っている仲間たちをこのままにはしておけないし、武国に近況報告の手紙を送る事も忘れてはいけないだろう。


 すぐに武国へ帰国する訳にもいかないので、とりあえずリスティやレイリアさんに無事を報せなくてはならないのだ。

 ランズバルト家は政財界に顔が効くので、神国のこれからについても相談に乗ってもらえそうだ。むしろ国家運営に長けた人材を送ってもらうべきだろうか?


 ……ともかく、それは後の事だ。

 今はひどい眠気で思考が纏まらない。この場はガウスたちに任せて、僕はこのまま意識の手綱を手放させてもらうとしよう……。


 僕の意識が闇に落ちる直前、聞こえないはずのフェリの声が……『おやすみ』と告げるフェリの声が、どこからか聞こえたような気がした。


とりあえず本作はここで終わりとなります。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


ついでと言ってはアレですが、感想や評価などの足跡を残してもらえると嬉しく思います。

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